
メル美オークラのロビー、障子みたいな光がきれいなんだって。

プレ男建て替えたのに、昔のロビーを再現したって聞いたよ。
今回は、虎ノ門のオークラ東京です。ホテルの公式サイト「Okura History」で確認した情報をまとめました。
1962年、「世界に通用する日本のホテル」
- 大倉喜七郎(1882〜1963年)は、明治の実業家・大倉喜八郎の息子です。ケンブリッジ大学で学び、大倉財閥を引き継ぎましたが、戦後いったんすべての事業から退きました
- 「世界に通用する日本のホテルをつくりたい」という思いから、1962年に「ホテルオークラ」が誕生しました
- 社長に迎えられた野田岩次郎は、ホスピタリティの理念として「親切と和」を掲げました
谷口吉郎のロビー
- 設計委員会のリーダーは、東宮御所なども手がけた建築家谷口吉郎(1904〜1979年)
- 本館のメインロビーは、エントランスより一段低い、美術組子と障子ごしにやわらかな光が差しこむ空間でした
- 創業当時のキャッチフレーズは「一万八千坪の芸術」
- ホテルオークラが最初に迎えた世界の賓客は、1962年10月に来日したメキシコのマテオス大統領。このとき当時の天皇皇后両陛下がホテルに行幸啓され、晩餐会が開かれました

メル美オープンした年に、もう大統領を迎えていたんだね!
「#SaveTheOkura」と、2019年の新しいオークラ
- 2015年、老朽化による本館の建て替えが発表されると、世界中から惜しむ声が寄せられ、SNSやメディアで「#SaveTheOkura」の動きが広がりました
- ホテルは「意匠をできる限り継承しながら、現代の機能と融合させる」と決め、ロビーの再設計を、谷口吉郎の長男で、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の設計で知られる建築家谷口吉生(1937〜2024年)に託しました
- 谷口吉生は、素材・光・プロポーションによる「オークラらしさ」を受けつぎ、ロビーの空気感を現代に再構築。公式サイトはこれを「変わらないように変える」と表現しています
- 2019年、「オークラ東京」として新たに出発しました
- 谷口吉生は、大倉集古館と2つのホテル棟を結ぶ、六角形の水盤を中心とした広場「オークラスクエア」も設計しました

プレ男お父さんのロビーを、息子さんがよみがえらせたのか。いい話だな。
和の設え
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障子ごしの光と影、麻の葉文様の美術組子、伝統を今に映す「オークラ・ランターン」など、日本の美意識とモダンデザインの調和を大切にしているそうです
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ホテル棟は「オークラ ヘリテージウイング」と「オークラ プレステージタワー」の2つです
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住所は東京都港区虎ノ門2-10-4
まとめ
- 1962年、大倉喜七郎の構想で「ホテルオークラ」創業。理念は「親切と和」
- 本館ロビーは谷口吉郎の設計、「一万八千坪の芸術」
- #SaveTheOkuraの声を受け、ロビーは長男谷口吉生が再現
- 2019年、「オークラ東京」として新たな出発
参考文献
- オークラ東京. Okura History. https://theokuratokyo.jp/ja/the-okura-way-of-living/history/ (閲覧日:2026年10月3日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。