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パワースポット「赤城神社」(神楽坂)群馬・赤城山のふもとから来た一族がまつった牛込の総鎮守。日枝神社・神田明神とならぶ「江戸の三社」とよばれた。空襲で焼け、平成22年に新しい社殿に。神楽坂駅から徒歩1分

約3分で読めます2026年10月12日

目次
  1. ご祭神(公式サイトより)
  2. 赤城神社の歴史(公式サイトより)
  3. 境内の末社(公式サイトより)
  4. 境内での注意(公式サイトより)
  5. アクセス(公式サイトより)
  6. まとめ

今回は、東京・新宿区の赤城神社です。赤城神社の公式サイトの「ご由緒」「ごあいさつ」「参拝のご案内」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。

ご祭神(公式サイトより)

赤城神社の歴史(公式サイトより)

年 できごと
正安2年(1300年) 群馬県赤城山のふもと、大胡の豪族・大胡彦太郎重治が牛込に移り住んだとき、ふるさとの鎮守・赤城神社の分霊をまつったのが始まりと伝えられる
寛正元年(1460年) 早稲田の田島村(いまの早稲田鶴巻町)にあった社を、太田道灌が牛込台(いまの牛込見附のあたり)に移す
弘治元年(1555年) 大胡氏の子孫の牛込氏(大胡宮内少輔)が、いまの場所に移したといわれる
天和3年(1683年) 幕府が江戸大社の列に加え、牛込の総鎮守とする。日枝神社・神田明神とともに「江戸の三社」とよばれた
天保13年(1842年)3月7日 近くからの出火で、社殿が全焼
明治6年(1873年) 郷社に列せられる
明治32年(1899年) 電柱や電灯ができて、山車の行列はこの年の大祭が最後になる
昭和20年(1945年)4月13日 戦災で社殿がことごとく焼失
昭和26年(1951年)10月16日 本殿が竣功。拝殿・幣殿ができたのは昭和34年(1959年)5月
平成22年(2010年)9月 「赤城神社再生プロジェクト」の「本殿竣工例大祭」で、すべての工事が完了

境内の末社(公式サイトより)

境内での注意(公式サイトより)

アクセス(公式サイトより)

赤城神社の公式サイトによると、正安2年(1300年)、赤城山のふもとから牛込に移った大胡氏が、ふるさとの赤城神社の分霊をまつったのが始まりと伝えられ、江戸時代には日枝神社・神田明神とともに「江戸の三社」とよばれました。

まとめ


参考文献

  1. 赤城神社. ご由緒. https://www.akagi-jinja.jp/akagi/pedigree/ (閲覧日:2026年10月12日)
  2. 赤城神社. ごあいさつ(赤城神社再生プロジェクトについて). https://www.akagi-jinja.jp/akagi/ (閲覧日:2026年10月12日)
  3. 赤城神社. 参拝のご案内. https://www.akagi-jinja.jp/layout/ (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。