今回は、東京・新宿区の赤城神社です。赤城神社の公式サイトの「ご由緒」「ごあいさつ」「参拝のご案内」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。
ご祭神(公式サイトより)
- 磐筒雄命(いわつつおのみこと):伊邪那岐命が火の神・迦具土神を刀でたおしたときに生まれた神様。公式サイトは、殖産興業、厄難消除、学問芸術の神、とくに火防の神としています
- 赤城姫命(あかぎひめのみこと):一説に大胡氏の娘ともいわれ、合殿でまつられています
- 例祭日は9月19日です
赤城神社の歴史(公式サイトより)
| 年 | できごと |
|---|---|
| 正安2年(1300年) | 群馬県赤城山のふもと、大胡の豪族・大胡彦太郎重治が牛込に移り住んだとき、ふるさとの鎮守・赤城神社の分霊をまつったのが始まりと伝えられる |
| 寛正元年(1460年) | 早稲田の田島村(いまの早稲田鶴巻町)にあった社を、太田道灌が牛込台(いまの牛込見附のあたり)に移す |
| 弘治元年(1555年) | 大胡氏の子孫の牛込氏(大胡宮内少輔)が、いまの場所に移したといわれる |
| 天和3年(1683年) | 幕府が江戸大社の列に加え、牛込の総鎮守とする。日枝神社・神田明神とともに「江戸の三社」とよばれた |
| 天保13年(1842年)3月7日 | 近くからの出火で、社殿が全焼 |
| 明治6年(1873年) | 郷社に列せられる |
| 明治32年(1899年) | 電柱や電灯ができて、山車の行列はこの年の大祭が最後になる |
| 昭和20年(1945年)4月13日 | 戦災で社殿がことごとく焼失 |
| 昭和26年(1951年)10月16日 | 本殿が竣功。拝殿・幣殿ができたのは昭和34年(1959年)5月 |
| 平成22年(2010年)9月 | 「赤城神社再生プロジェクト」の「本殿竣工例大祭」で、すべての工事が完了 |
- 江戸の三社の祭礼の山車や練物は、江戸城の竹橋から内堀に入り、半蔵門に出ることを許されていた、と公式サイトは紹介しています
境内の末社(公式サイトより)
- 螢雪天神:ご祭神は菅原道真。もとは横寺町の朝日天満宮で、戦火で焼失したのち、平成17年(2005年)に旺文社の寄進で「螢雪天神」として復興しました。神楽殿のなかにあります
- 八耳神社:ご祭神は聖徳太子(上宮之厩戸豊聰八耳命)。むかしの太子堂で、戦火で焼失したものを復興しました
- 出世稲荷神社:ご祭神は宇迦御霊命。赤城神社がこの地に移る前から、牛込の鎮守とされてきた土地の神です
- 境内には、東照宮(「葵さま」)もあります
境内での注意(公式サイトより)
- 神社の境内・施設での座りこみ・飲食・喫煙は、かたく断られています
- 境内にお手洗いはありません
- お参りの作法は、神社の参拝作法の記事で
アクセス(公式サイトより)
- 住所:東京都新宿区赤城元町1-10
- 東京メトロ東西線「神楽坂駅」1b出口から徒歩1分
- 都営大江戸線「牛込神楽坂駅」3A出口から徒歩5分
- 車の場合、駐車場は事前に予約が必要です。神楽坂通りは、午前と午後で一方通行の向きが変わります

赤城神社の公式サイトによると、正安2年(1300年)、赤城山のふもとから牛込に移った大胡氏が、ふるさとの赤城神社の分霊をまつったのが始まりと伝えられ、江戸時代には日枝神社・神田明神とともに「江戸の三社」とよばれました。
まとめ
- 赤城神社は、神楽坂の牛込の総鎮守。ご祭神は磐筒雄命と赤城姫命
- 正安2年(1300年)、群馬・赤城山麓の大胡氏がまつったのが始まりと伝えられる
- 江戸時代には、日枝神社・神田明神とともに「江戸の三社」
- 昭和20年の戦災で焼失。平成22年(2010年)に再生プロジェクトの工事が完了
- 境内には螢雪天神(菅原道真)、八耳神社(聖徳太子)、出世稲荷神社
- 江戸の三社のほかの2社は、日枝神社、神田明神の記事で
参考文献
- 赤城神社. ご由緒. https://www.akagi-jinja.jp/akagi/pedigree/ (閲覧日:2026年10月12日)
- 赤城神社. ごあいさつ(赤城神社再生プロジェクトについて). https://www.akagi-jinja.jp/akagi/ (閲覧日:2026年10月12日)
- 赤城神社. 参拝のご案内. https://www.akagi-jinja.jp/layout/ (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。