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パワースポット「日枝神社」(赤坂の山王さん)江戸城の鎮守として、徳川家があつく敬った神社。文明10年(1478年)に太田道灌が江戸城内にまつり、明暦の大火のあと赤坂へ。国宝だった社殿は戦災で焼け、昭和33年に再建。赤坂駅・溜池山王駅から徒歩3分

約3分で読めます2026年10月10日

目次
  1. ご祭神と御神徳(公式サイトより)
  2. 日枝神社の歴史(公式サイトより)
  3. 「山王さん」とよばれて
  4. 宝物殿と天井の絵
  5. お参りのマナー
  6. アクセス(公式サイトより)
  7. まとめ

今回は、東京・千代田区永田町の日枝神社です。日枝神社の公式サイトの「日枝神社について」と「アクセス」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。

ご祭神と御神徳(公式サイトより)

ご祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ)
相殿の神々 国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)

日枝神社の歴史(公式サイトより)

年 できごと
(はじまり) 江戸の郷の守護神として、江戸氏が山王宮をまつった
文明10年(1478年) 太田道灌が、江戸城内の守り神として川越の山王社をうつしてまつる
天正18年(1590年) 徳川家康が江戸に入り、「城内鎮守の社」「徳川歴朝の産神」として、江戸の人々からは「江戸郷の総氏神」として敬われる
2代秀忠のころ 江戸城の大改造で、城外に社殿を新しく建ててうつる。いまの隼町、国立劇場のあたりが「元山王」とよばれる
明暦3年(1657年) 大火で社殿が焼ける。将軍家綱が、赤坂の溜池をのぞむ松平忠房の屋敷地を社地にあて、権現造の社殿を建てる
慶応4年(明治元年)6月11日 このときから「日枝神社」の名をつかう
昭和20年(1945年)5月 戦災で、末社の山王稲荷神社をのこして焼ける。萬治2年に建てられた社殿は、江戸初期の権現造の代表として国宝に指定されていた
昭和33年(1958年)6月 本殿の遷座祭(「昭和御造営」)
昭和53年(1978年)6月 江戸城内に鎮座して500年の大祭

「山王さん」とよばれて

宝物殿と天井の絵

お参りのマナー

お参りの前に、行事の日程や開門時間は公式サイトで確かめてください。

アクセス(公式サイトより)

路線 駅・出口 徒歩
東京メトロ千代田線 赤坂駅 出口2 3分
東京メトロ南北線・銀座線 溜池山王駅 出口7 3分
東京メトロ千代田線 国会議事堂前駅 出口5 5分
東京メトロ銀座線・丸ノ内線 赤坂見附駅 出口11 8分

日枝神社の公式サイトによると、文明10年(1478年)に太田道灌が江戸城内の守り神として山王社をまつり、徳川家康が江戸に入ってからは「城内鎮守の社」として敬われました。

まとめ


参考文献

  1. 日枝神社. 日枝神社について(御祭神・ご由緒・宝物殿など). https://www.hiejinja.net/about/ (閲覧日:2026年10月10日)
  2. 日枝神社. アクセス. https://www.hiejinja.net/access/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。