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パワースポット「赤坂氷川神社」「厄除」「縁結び」の神社。8代将軍吉宗が享保15年(1730年)に建てた社殿は、安政の大地震・関東大震災・東京大空襲をのがれて、建てた当時のすがたのまま。推定樹齢400年の大銀杏も

約3分で読めます2026年10月10日

目次
  1. ご祭神(公式サイトより)
  2. 氷川という名前
  3. 赤坂氷川神社の歴史(公式サイトより)
  4. 境内のみどころ(公式サイトより)
  5. お参りのマナー
  6. アクセス(公式サイトより)
  7. まとめ

今回は、東京・港区赤坂の赤坂氷川神社です。赤坂氷川神社の公式サイトの「赤坂氷川神社について」「境内案内」「アクセス」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。

ご祭神(公式サイトより)

ご祭神 公式サイトの説明(一部)
素盞嗚尊(すさのおのみこと) 八岐大蛇を退治した神。そのことから、古くから「厄除」の御神徳があると伝えられる
奇稲田姫命(くしいなだひめのみこと) 「稲の稔る田」の象徴とされる、豊穣をつかさどる神。八岐大蛇のいけにえになるところを素盞嗚尊に助けられ、のちに夫婦に
大己貴命(おおなむぢのみこと) 素盞嗚尊と奇稲田姫命の子孫で、出雲大社の大国主命と同じ神

氷川という名前

赤坂氷川神社の歴史(公式サイトより)

年 できごと
天暦5年(951年) 東国を旅していた蓮林僧正が、一ツ木村(いまの赤坂4丁目付近)で一夜をすごすと、夢でお告げがあり、氷川明神の社殿を建てた
治暦2年(1066年)夏 関東に大きな日照り。村人が雨ごいをすると、すぐに雨がふりはじめ、川ができるほどだったという
享保元年(1716年) 紀州徳川家の吉宗が8代将軍に。紀州藩の中屋敷が赤坂にあったことから、幕府の信仰があつくなる
享保14年(1729年) 吉宗が、老中水野忠之を総責任者にして、いまの場所に社殿を造営
享保15年(1730年)4月26日 一ツ木村からいまの場所へうつる。28日には吉宗が直接お参り
以後 14代将軍家茂まで、歴代将軍の朱印状がくだされる
明治元年 「准勅祭社」に。いまは「東京十社」の一社
昭和51年(1976年) 社殿が東京都の有形文化財(建築物)に指定

境内のみどころ(公式サイトより)

お参りの前に、行事の日程や開門時間は公式サイトで確かめてください。

お参りのマナー

アクセス(公式サイトより)

赤坂氷川神社の公式サイトによると、享保15年(1730年)に8代将軍吉宗が建てた社殿は、数々の災禍をまぬがれて創建当時のすがたを伝え、昭和51年(1976年)に東京都の有形文化財に指定されています。

まとめ


参考文献

  1. 赤坂氷川神社. 赤坂氷川神社について(御祭神・御由緒). https://www.akasakahikawa.or.jp/about/ (閲覧日:2026年10月10日)
  2. 赤坂氷川神社. 境内案内. https://www.akasakahikawa.or.jp/about/precinct/ (閲覧日:2026年10月10日)
  3. 赤坂氷川神社. アクセス. https://www.akasakahikawa.or.jp/access/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。