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パワースポット「大國魂神社」(府中)武蔵国の守り神。伝わる起源は景行天皇41年(西暦111年)5月5日。武蔵国の国府がおかれ「武蔵総社六所宮」とよばれた。源頼朝は政子の安産を祈った。5月の「くらやみ祭」。府中駅から徒歩5分

約3分で読めます2026年10月10日

目次
  1. ご祭神(公式サイトより)
  2. 大國魂神社の歴史(公式サイトより)
  3. 社殿(公式サイトより)
  4. くらやみ祭(公式サイトより)
  5. お参りのマナー
  6. アクセス(公式サイトより)
  7. まとめ

今回は、東京・府中市の大國魂神社です。大國魂神社の公式サイトの「由緒・歴史」「お祭り・行事」「交通のご案内」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。

ご祭神(公式サイトより)

大國魂神社の歴史(公式サイトより)

年 できごと
景行天皇41年(西暦111年)5月5日 大神のお告げによってつくられたのが起源。出雲臣天穂日命の子孫が、はじめて武蔵国造に任じられ、この社に仕えた
大化の改新(645年)のあと 武蔵の国府がこの地におかれ、国司が国内の祭りをとりしきる場所に。国内の神々をあわせてまつったのが「武蔵総社」のおこり
のちに 本殿の両側に、国内の有名な神「六所」(小野・小河・氷川・秩父・金佐奈・杉山の大神)をまつり、「六所宮」ともよばれる
寿永元年(1182年) 源頼朝が、使者を送って、妻政子の安産を祈願
文治2年(1186年) 頼朝が社殿を造営
天正18年(1590年)8月 江戸に入った徳川家康が、武蔵国の総社としてあつく敬い、社領500石を寄進
正保3年(1646年)10月 火事が燃えうつり、社殿が焼失
寛文7年(1667年) 将軍家綱の命で、久世大和守広之が社殿を造営。いまの社殿
明治4年(1871年) 「武蔵総社六所宮」から、もとの「大國魂神社」の名にもどる

社殿(公式サイトより)

くらやみ祭(公式サイトより)

お参りの前に、行事の日程や開門時間は公式サイトで確かめてください。

お参りのマナー

アクセス(公式サイトより)

大國魂神社の公式サイトによると、5月5日の例大祭では、夜に8基の神輿が灯りを消した闇の中を御旅所へ進むことから、俗に「くらやみ祭」とよばれています。

まとめ


参考文献

  1. 大國魂神社. 由緒・歴史. https://www.ookunitamajinja.or.jp/yuisho/ (閲覧日:2026年10月10日)
  2. 大國魂神社. お祭り・行事. https://www.ookunitamajinja.or.jp/matsuri/ (閲覧日:2026年10月10日)
  3. 大國魂神社. 交通のご案内. https://www.ookunitamajinja.or.jp/access/ (閲覧日:2026年10月10日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。