今回は、東京・府中市の大國魂神社です。大國魂神社の公式サイトの「由緒・歴史」「お祭り・行事」「交通のご案内」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。
ご祭神(公式サイトより)
- ご祭神は、大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)。武蔵の国魂の神としてまつられています
- この神は、出雲の大国主神と同じ神で、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子神。むかしこの国土をひらき、人々に衣食住の道をさずけ、医薬やまじないの方法も教えて、国土をおさめた、と公式サイトは説明しています
大國魂神社の歴史(公式サイトより)
| 年 | できごと |
|---|---|
| 景行天皇41年(西暦111年)5月5日 | 大神のお告げによってつくられたのが起源。出雲臣天穂日命の子孫が、はじめて武蔵国造に任じられ、この社に仕えた |
| 大化の改新(645年)のあと | 武蔵の国府がこの地におかれ、国司が国内の祭りをとりしきる場所に。国内の神々をあわせてまつったのが「武蔵総社」のおこり |
| のちに | 本殿の両側に、国内の有名な神「六所」(小野・小河・氷川・秩父・金佐奈・杉山の大神)をまつり、「六所宮」ともよばれる |
| 寿永元年(1182年) | 源頼朝が、使者を送って、妻政子の安産を祈願 |
| 文治2年(1186年) | 頼朝が社殿を造営 |
| 天正18年(1590年)8月 | 江戸に入った徳川家康が、武蔵国の総社としてあつく敬い、社領500石を寄進 |
| 正保3年(1646年)10月 | 火事が燃えうつり、社殿が焼失 |
| 寛文7年(1667年) | 将軍家綱の命で、久世大和守広之が社殿を造営。いまの社殿 |
| 明治4年(1871年) | 「武蔵総社六所宮」から、もとの「大國魂神社」の名にもどる |
社殿(公式サイトより)
- 寛文7年(1667年)に造営された社殿は、3つの殿を横にならべた朱ぬりの相殿造りで、屋根は流造り。慶応年間に、檜皮葺(ひわだぶき)から銅葺にあらためられました
- 本殿は東京都の文化財に指定されています
くらやみ祭(公式サイトより)
- 5月5日の例大祭は、有名な「国府祭」です。夜、8基の神輿が古式の行列をととのえ、灯りを消した闇の中を御旅所へ進むので、俗に「くらやみ祭」とよばれています
- 昭和36年(1961年)からは、神輿の渡御は夕方にあらためられました
- 公式サイトの「お祭り・行事」のページでは、くらやみ祭は 4月30日〜5月6日 と案内されています
- 公式サイトによると、毎日の祭りまでふくめると、年間400近いお祭りがおこなわれ、千年以上続くものもあるといいます
お参りの前に、行事の日程や開門時間は公式サイトで確かめてください。
お参りのマナー
- 神社のお参りの作法は、神社の参拝作法の記事で
アクセス(公式サイトより)
- 住所:東京都府中市宮町3-1
- 京王線 府中駅 南口から徒歩5分
- JR南武線・武蔵野線 府中本町駅から徒歩5分

大國魂神社の公式サイトによると、5月5日の例大祭では、夜に8基の神輿が灯りを消した闇の中を御旅所へ進むことから、俗に「くらやみ祭」とよばれています。
まとめ
- 大國魂神社は、東京・府中市の、武蔵国の守り神をまつる神社。ご祭神は大國魂大神(大国主神と同じ神)
- 伝わる起源は景行天皇41年(西暦111年)5月5日
- 武蔵の国府がおかれ、「武蔵総社」「六所宮」とよばれた
- 源頼朝が政子の安産を祈り、徳川家康が社領を寄進。いまの社殿は1667年の造営で、本殿は都の文化財
- 5月の「くらやみ祭」。府中駅・府中本町駅から徒歩5分
- 東京のパワースポットは神田明神、赤坂氷川神社、根津神社もどうぞ
参考文献
- 大國魂神社. 由緒・歴史. https://www.ookunitamajinja.or.jp/yuisho/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 大國魂神社. お祭り・行事. https://www.ookunitamajinja.or.jp/matsuri/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 大國魂神社. 交通のご案内. https://www.ookunitamajinja.or.jp/access/ (閲覧日:2026年10月10日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。