今回は、東京・文京区の根津神社です。根津神社の公式サイトの「根津神社について」と「アクセス」で確認しました。神社の由緒は、神社が伝えている内容です。この記事は、お参りでのご利益を約束するものではありません。
ご祭神(公式サイトより)
| ご祭神 | 公式サイトの説明 |
|---|---|
| 須佐之男命(すさのおのみこと) | 防災防疫の神、歌人の神、軍神、豊穣の神 |
| 大山咋命(おおやまくいのみこと) | 山の地主神、農業・醸造の神 |
| 誉田別命(ほんだわけのみこと) | 文武の神 |
| 相殿 大国主命(おおくにぬしのみこと) | 国造りの神、縁結びの神 |
| 相殿 菅原道真公 | 学問の神 |
根津神社の歴史(公式サイトより)
| 時代 | できごと |
|---|---|
| 千九百年余の昔 | 日本武尊が、東の国へ向かうとちゅう、須佐之男命の神徳をあおいで千駄木の地に創祀したと伝えられる |
| 文明年間(1469〜87年) | 太田道灌が社殿を建てる |
| 神仏習合の時代 | 「根津権現社」とよばれ、「根津三社大権現」とも |
| 江戸時代 | いまの場所は、甲府宰相徳川綱重の屋敷で、のちの6代将軍家宣が生まれた地 |
| 宝永3年(1706年) | 5代将軍綱吉が家宣を跡継ぎに決めると、家宣の産土神である根津権現社に屋敷地をささげ、社殿を建てて千駄木からうつす。永代社領500石 |
| 明治時代 | 神仏分離で「根津神社」に名を改める。准勅祭社に |
| 昭和20年(1945年) | 戦災で社殿の一部が傷み、昭和34年に復旧。昭和37年には唐門・透塀・楼門の修繕も終わる |
江戸時代の社殿がそろって残る
- 公式サイトによると、綱吉は「天下普請」とよばれる大造営をおこない、宝永3年(1706年)に完成した権現造りの
- 本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門
- が、欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されています
社宝(公式サイトより、一部)
- 太刀 銘長光(綱吉奉納)、太刀 銘備洲長船秀光(家継奉納)——重要文化財(非公開)
- 神輿三基(正徳4年・家宣奉納、文京区指定有形文化財)——ふだんは非公開で、4年に一度の神幸祭のときに1基ずつ公開
- 徳川家宣胞衣塚(文京区指定有形民俗文化財)——乙女稲荷の近く
- 三十六歌仙絵(森村宜永筆)——社殿の中にあり、つつじまつりの期間中に拝観できる
お参りの前に、行事の日程や開門時間は公式サイトで確かめてください。
お参りのマナー
- 神社のお参りの作法は、神社の参拝作法の記事で
- 境内での撮影については、公式サイトに案内のページ(境内撮影について)があるので、事前に確かめましょう
アクセス(公式サイトより)
- 住所:東京都文京区根津1-28-9
- 東京メトロ千代田線「根津駅」「千駄木駅」から徒歩5分
- 東京メトロ南北線「東大前駅」から徒歩5分
- 都営三田線「白山駅」から徒歩10分

根津神社の公式サイトによると、宝永3年(1706年)に完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・西門・透塀・楼門が欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されています。
まとめ
- 根津神社は、東京・文京区の神社。日本武尊が創祀したと伝わる
- ご祭神は須佐之男命・大山咋命・誉田別命、相殿に大国主命(縁結び)と菅原道真公(学問)
- いまの社殿は、5代将軍綱吉が宝永3年(1706年)に建てた権現造り。7棟が国の重要文化財
- 6代将軍家宣が生まれた屋敷のあとに建つ
- 根津駅・千駄木駅・東大前駅から徒歩5分
- 東京のパワースポットは湯島天満宮、日枝神社、神田明神もどうぞ
参考文献
- 根津神社. 根津神社について(御由緒・御祭神・御社殿・社宝類). https://nedujinja.or.jp/about/ (閲覧日:2026年10月10日)
- 根津神社. アクセス. https://nedujinja.or.jp/access/ (閲覧日:2026年10月10日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。