
プレ男俳句の正岡子規って、東京のどこに住んでいたんだろう。

メル美鶯谷の根岸に「子規庵」が残ってるよ。子規が最期まで暮らした家なんだって。
こんにちは、Dr. Taro です。 今回は、子規庵のデートです。台東区公式観光情報サイトの「子規庵」と、子規庵の公式サイト(子規庵について)をもとにまとめました(2026年10月12日時点)。
どんなところ?
- 俳句・短歌の革新者・正岡子規が、1894(明治27)年から亡くなるまでの8年半を暮らした家です
- 子規はここで、門弟や友人たちと文学や美術を語り合い、俳句や短歌、文章の革新に打ちこみました
- 1945(昭和20)年の空襲で焼失しましたが、その5年後に当時の間取りのまま再建され、東京都指定史跡になっています
- 今は、ボランティアの団体が大切に維持・保存しています
見どころ
- 病牀六尺の間:子規が病室兼書斎にしていた部屋が復元されています。明治の暮らしと、創作のようすをしのぶことができます
- 小園と糸瓜の棚:四季の小さな庭には糸瓜(へちま)の棚があり、子規の創作の世界に思いをはせることができます

メル美子規が見ていた庭と同じ景色を、ふたりで見られるんだね。
公開日・時間(2026年10月12日時点)
- 公開日は毎週水・土・日曜日と祝日です
- 8月の夏季休庵と、12・1月の冬季休庵があります。イベントなどで公開日が変わることもあるので、事前に確かめてください
- 開庵時間は10時30分〜12時(11時40分までに受付)と13時〜16時(15時40分までに受付)です
- 入庵料は700円、高校生以下は無料です(台東区の観光サイトによる)
アクセス
- JR山手線・京浜東北線「鶯谷駅」北口から徒歩5分
- 台東区の循環バス「北めぐりん」の入谷区民館根岸分館から徒歩約2分

プレ男静かな家だから、ゆっくり、小さな声で見て回ろう。
まとめ
- 正岡子規が1894年から亡くなるまで8年半暮らした家
- 空襲で焼けたあと間取りのまま再建、東京都指定史跡
- 病室兼書斎「病牀六尺の間」、糸瓜の棚のある小園
- 水・土・日・祝日に公開、入庵料700円。鶯谷駅北口から徒歩5分
参考文献
- 台東区公式観光情報サイト. 子規庵. https://t-navi.city.taito.lg.jp/spot/1062 (閲覧日:2026年10月12日)
- 子規庵. 子規庵について. https://shikian.or.jp/about_sikian/ (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。