泉屋東京店:1927年に京都の自宅で泉伊助・園子夫妻がクッキーの「泉屋」を創業。宣教師夫人に教わった母の手づくりクッキーが始まり。1937年に赤坂へ、1952年に麹町で「株式会社泉屋東京店」。浮き輪のマーク
泉屋東京店の公式サイト「泉屋について」によると、同社は日本で初めてクッキーを販売したと説明しています。1914年(大正3年)、和歌山に移り住んだ泉園子が、アメリカ人宣教師ロイド氏の夫人から、子どもたちに焼くクッキーのつくり方を学び、夫の泉伊助と日本人好みに改良を重ねました。1923年に京都に移ると評判になり、1927年(昭和2年)に自宅の軒先に「泉屋」の看板を掲げて創業しました。1937年に東京・赤坂に移り、戦後は西銀座、四谷坂町を経て、1952年に千代田区麹町に本社・工場を建て「株式会社泉屋東京店」を設立、浮き輪のシンボルマークの紺白の缶が登場しました。浮き輪のマークは、リングターツを見た子どもの「浮き輪に似ているね」という一言から生まれ、創業者の3人の息子と自分を表す4色の飾りがのっていると説明しています。本社・工場はいま川崎市高津区にあります。

メル美浮き輪のマークの缶に入った泉屋のクッキー、祖母の家でよく見たなあ。

プレ男あのマーク、なんで浮き輪なんだろう?
今回は、クッキーの「泉屋東京店」です。公式サイトの「泉屋について」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
母の手づくりクッキーから
- 1914年(大正3年)、和歌山に移り住んだ泉園子は、アメリカ人宣教師ロイド氏の夫人が子どもたちにクッキーを焼いていることを知り、日曜学校の教室でクッキーづくりを学びはじめました
- 夫の泉伊助とともに、材料の配合や生地の熟成、火加減を研究し、日本人好みに改良を重ねたといいます
- 1923年に京都に移ると評判になり、「売ってください」という人まで現れたため、1927年(昭和2年)、自宅の軒先に「泉屋」の看板を掲げて創業しました
- 公式サイトでは、日本で初めてクッキーを販売したと説明しています

プレ男お母さんが子どものために焼いたクッキーが、お店になったんだ。
東京へ
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1936年 | 泉伊助が亡くなり、園子が家業を継ぐ |
| 1937年 | 自宅兼店舗を東京・赤坂に移す |
| 1946年 | 戦災にあい、店舗・工場を西銀座に移す |
| 1948年 | 四谷坂町に工場 |
| 1951年 | 渋谷東横百貨店ののれん街に出店(以後、各百貨店に) |
| 1952年 | 千代田区麹町に本社・工場を建て、「株式会社泉屋東京店」を設立。浮き輪のマークの紺白の缶が登場 |
- いまの本社・工場は川崎市高津区にあります
浮き輪のマーク
- 「このクッキー、浮き輪に似ているね」。リングターツを見た子どもの何気ない一言から生まれたと説明しています
- 創業者にとって、母が子を守る思いは浮き輪そのもので、浮き輪は「人の和(輪)」も表しているとしています
- 飾りの4色は、創業者と3人の息子を表しているといいます

メル美マークには、家族と人の輪への思いがこめられていたんだね。

泉屋東京店の公式サイトによると、1927年に京都の自宅で創業し、1937年に東京の赤坂へ移りました。浮き輪のマークは、子どもの一言から生まれたそうです。
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まとめ
- 1914年、宣教師夫人に教わった母の手づくりクッキーから
- 1927年、京都の自宅で「泉屋」を創業
- 1937年に赤坂、1952年に麹町で株式会社に
- 浮き輪のマークは子どもの一言から
参考文献
- 泉屋東京店. 泉屋について. https://izumiya-tokyoten.co.jp/about/ (閲覧日:2026年10月10日)
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