目次

プレ男「史上最高のギタリスト」っていうと、必ず名前が出るのがジミ・ヘンドリックスだよね。何がそんなにすごいの?

メル美名前は知ってるけど、どんな音楽なのかはよく知らないかも。
こんにちは、Dr. Taro です。 「音楽の教養」、今回はジミ・ヘンドリックスです。家族が運営する公式サイト(Experience Hendrix)の伝記と、ロックの殿堂の資料をもとにまとめました。
すごさ1:エレキギターの「新しい言葉」を作った
- ロックの殿堂は、ジミ・ヘンドリックスを「エレキギターの弾き方に革命を起こした」人と紹介しています
- ブルースをもとに、フィードバック(アンプの音をギターが拾ってうなる音)、長い即興、なめらかで独特のテクニックを取り入れました
- 公式サイトによると、ファズ、フィードバック、コントロールされたひずみを組み合わせたスタイルが、新しい音楽の形を生みました
- 殿堂入りの記念の盾には、ヘンドリックスは「爆発的でオーケストラのような可能性と、むき出しの魂の雄弁さを持つ、新しいギターの言葉」の創造に生涯をささげた、と刻まれています
- その影響は、ファンク、グラム、メタルにまでおよびました
すごさ2:楽譜が読めず、完全な独学
- 本名はジョニー・アレン・ヘンドリックス。1942年11月27日、アメリカ・シアトルで生まれ、のちに父がジェームズ・マーシャルと名前を改めました
- 子どものころ、B.B.キング、マディ・ウォーターズ、バディ・ホリー、ロバート・ジョンソンなどから影響を受けます
- 父のアルが留守のあいだ、部屋のそうじを頼まれたジミは、ベッドのはしに座ってほうきをギターのようにかき鳴らしていたそうです。床には、いつもほうきのわらが落ちていました
- 父は、まず弦が1本だけの古いウクレレをあげ、1958年の夏には、知り合いから5ドルの中古のアコースティックギターを買ってあげました
- ジミは楽譜が読めず、完全な独学でした。だからこそ、耳で聞いた音楽に、より集中したといわれます

メル美ほうきから始まって、楽譜も読めないのに、ギターの歴史を変えちゃったんだ!
ロンドンで生まれた「エクスペリエンス」
- 1961年に陸軍に入り、空挺部隊に所属。パラシュート降下でのけがで除隊したあと、「ジミー・ジェイムス」の名前でセッション・ギタリストとして働きます
- 1965年の終わりまでに、アイク&ティナ・ターナー、サム・クック、アイズレー・ブラザーズ、リトル・リチャードなどのバックで演奏しました
- ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジの店で演奏していたところを、アニマルズのベーシストチャス・チャンドラーが見て感激。1966年9月、ロンドンへ連れていきます
- マネージャーになったチャンドラーが最初にしたのは、名前を「ジミ」に変えること。ドラムのミッチ・ミッチェル、ベースのノエル・レディングと「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス」を結成し、1966年秋のロンドンで話題になりました
- 最初のシングル「Hey Joe」は、全英チャートに10週とどまり、1967年のはじめに6位まで上がりました
- アルバム「Are You Experienced」には、「Purple Haze」「The Wind Cries Mary」「Foxey Lady」などが入っています
すごさ3:スタジオも「楽器」にした
- ロックの殿堂によると、エクスペリエンスはスタジオの技術も積極的に取り入れ、パンニング(音を左右に動かす)、逆回転、フェイジングなどの録音のやり方を切りひらきました
- 「Purple Haze」は、ジミによると海の底を歩く夢から生まれた曲。はじめは「何千、何千もの言葉」があったそうです。ごみ箱から救い出された歌詞の下書きが、ロックの殿堂に残っています
- 1968年には、2枚組のアルバム「Electric Ladyland」を発表。ニューヨークに自分の録音スタジオ「エレクトリック・レディ・スタジオ」も作りました

プレ男あの曲、夢の中で海の底を歩いたのがきっかけなんだ…!
アメリカに戻って:モントレーとウッドストック
- イギリスで大成功したあと、1967年6月にアメリカへ戻り、「モントレー・ポップ・フェスティバル」での「Wild Thing」の演奏で、観客を熱狂させました。エクスペリエンスは、ひと晩で世界でもっとも人気のあるバンドのひとつになりました
- 1969年8月、「ウッドストック」に出演。当初は日曜の夜に出る予定でしたが、遅れが重なり、ステージに立ったのは月曜の朝9時すぎでした
- このステージで、アメリカ国歌「星条旗」を独自のアレンジで弾き、泥だらけの観客を熱狂させました
- ウッドストックのくわしい話は、ウッドストックの記事にまとめています
わずか4年の伝説
- 1969年の大みそかから1970年の元日にかけては、新しいトリオ「バンド・オブ・ジプシーズ」で4回のステージを行いました
- 1970年、ふたたびエクスペリエンスの名前で録音を進めていましたが、1970年9月18日に亡くなります。27歳でした
- 公式サイトは、楽譜も読めなかったジミの成功が、わずか4年のあいだに起きたことを「驚くべきこと」と書いています
- 1992年、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスとして、ロックの殿堂入りしました

ジミ・ヘンドリックスは楽譜が読めず、完全な独学でした。耳で聞いた音楽に集中したことが、新しいギターの音につながったといわれます。
デートで話すなら
- 子どものころは、ほうきをギターのようにかき鳴らしていた
- 楽譜が読めず、独学。それでもフィードバックとひずみでギターの言葉を変えた
- 「Purple Haze」は、海の底を歩く夢から
- ウッドストックでは、月曜の朝に「星条旗」を弾いた
- 活躍したのはわずか4年。27歳で亡くなった
まとめ
- 1942年シアトル生まれ。楽譜の読めない独学のギタリスト
- 1966年、ロンドンでエクスペリエンスを結成。「Hey Joe」「Purple Haze」
- フィードバック、ひずみ、スタジオの技術で、エレキギターの可能性を広げた
- 1969年、ウッドストックで「星条旗」。1970年、27歳で死去。1992年ロックの殿堂入り
- 同じ時代のロックは、ローリング・ストーンズ、ビートルズの記事もどうぞ
参考文献
- Experience Hendrix L.L.C. Jimi Hendrix Biography(jimihendrix.com). https://www.jimihendrix.com/biography/ (閲覧日:2026年10月22日)
- Experience Hendrix L.L.C. Jimi Hendrix: Live At Woodstock – A Second Look(jimihendrix.com). https://www.jimihendrix.com/editorial/jimi-hendrix-live-at-woodstock-a-second-look/ (閲覧日:2026年10月22日)
- Rock & Roll Hall of Fame. The Jimi Hendrix Experience. https://www.rockhall.com/inductees/jimi-hendrix-experience (閲覧日:2026年10月22日)
- Bethel Woods Center for the Arts. Woodstock History. https://www.bethelwoodscenter.org/museum/woodstock-history (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。