人生は遊びだ。劇場Est. 2026
今宵の演目
大人の教養
An Evening of Culture
恋と文学、本当にあった恋、色街の歴史、音楽、劇場、作法。
デートで話せる教養を、資料にもとづいて。
開演どうぞ、ごゆっくり。
Act I
愛憎の歴史と文学
Love & Letters
恋と嫉妬と別れを書いた、明治・大正・昭和の名作。作家の素顔とともに。
島崎藤村の詩「初恋」
竹久夢二「宵待草(よいまちぐさ)」
夏目漱石『夢十夜(ゆめじゅうや)』第一夜
田山花袋『蒲団(ふとん)』
永井荷風『濹東綺譚(ぼくとうきたん)』
高村光太郎『智恵子抄』
夏目漱石『こころ』
森鷗外『舞姫』
樋口一葉『たけくらべ』
与謝野晶子『みだれ髪』
貫一とお宮
八百屋お七
- メリメ『カルメン』No.130セビリアのたばこ工場の前で、アカシアの花を投げつけた女。伍長ホセは彼女を逃がして兵士の道を失い、密輸の仲間になり、人を殺していく。「カルメンはいつまでも自由よ」——処刑を待つ男が語った、恋と破滅の告白
- 『源氏物語』「葵(あおい)」の巻No.135祭りの見物の場所とりで、六条御息所の車は、光源氏の正妻・葵の上の家来たちに押しのけられた。その屈辱から燃えあがった恨み。出産の床で、葵の上の口から聞こえてきたのは、別の女の声だった——与謝野晶子訳で読む「車争い」と生霊
- 泉鏡花『義血侠血(ぎけつきょうけつ)』No.136水芸の太夫・滝の白糸は、月夜の橋で出会った元馭者の青年に「私が仕送ってあげよう」。法律の勉強のため東京へ送りだして3年。仕送りの金をうばわれた夜、白糸は罪をおかす。法廷の検事席にいたのは——
- 広津柳浪『今戸心中(いまどしんじゅう)』No.137恋しい客・平田は、家のために故郷へ帰ってしまった。吉原の遊女・吉里は、それまで冷たくしつづけた客・善吉が、自分のために店も家も失っていたと知る。隅田川の岸に残された、二足の草履
- 芥川龍之介『六の宮の姫君』No.174「悲しみも知らないと同時に、喜びも知らない生涯」。落ちぶれた姫君は、通ってきた男を待ちつづけた。9年後、朱雀門で再会した男に看取られて、口にした最後の言葉は「暗い中に風ばかり」
- 夏目漱石『三四郎』No.176熊本から上京した23歳の大学生が、池のほとりで団扇をかざす女・美禰子に出会う。「迷える子(ストレイ・シープ)――わかって?」。借りたままの30円、ヘリオトロープの香水、そして展覧会の絵「森の女」
- シェイクスピア『オセロー』No.187「嫉妬にお気をつけなさい。それは緑の目をした怪物です」——そう忠告した部下こそが、将軍オセローの心に嫉妬の毒をそそいだ張本人だった。愛妻デズデモーナと、一枚のハンカチと、「賢くはなく、あまりにも深く愛した男」
- ダンテ『神曲』地獄篇第5歌、パオロとフランチェスカNo.188地獄の嵐にふかれつづける、寄りそう二つの魂。「ある日、わたしたちは楽しみのために、ランスロットの恋の物語を読んでいました」——夫の弟との恋、そして夫の剣。1285年の実際の事件
- シェイクスピア『ロミオとジュリエット』No.190「ただ一つの恋が、ただ一つの憎しみから生まれるなんて」。いがみあう二つの家の息子と娘は、出会ったその夜に恋をして、次の日に結婚した。とどかなかった一通の手紙が、二人を墓所へみちびく
- 森鴎外『心中』No.193雪の夜、料理屋「川桝」の女中部屋。夜中に起きた二人の女中が、暗い廊下の先で聞いた「ひゅうひゅう」という音。空いていたのは、婿をきらって田舎から出てきた17歳のお蝶の寝床だった——古株の女中お金が、どの客にも一度は話す話
- 夏目漱石『それから』No.195三十になっても父の仕送りで暮らす代助。3年前、自分も思っていた三千代を、友人・平岡に「周旋」して結婚させた。白い百合の香る雨の日、「僕の存在には貴方が必要だ」——「仕様がない。覚悟を極めましょう」。友を裏切り、家を失い、赤い世界へ
- ゲーテ『若きウェルテルの悩み』No.200舞踏会へ迎えにいった家で、子どもたちにパンを切りわけていた白い服の女性・ロッテ。けれど彼女には婚約者がいた。友人への手紙でつづる恋の歓びと絶望、オシアンの詩を読んだ最後の夜、そして借りた二丁のピストル
- 芥川龍之介『秋』No.072同じ人を好きになった姉妹。姉は妹のために身を引いて別の人と結婚した——はずだった。1年後、妹夫婦の家に泊まった夜、月の庭で何が?すれちがう幌俥の「秋——」まで
- 芥川龍之介『舞踏会』No.075明治19年、鹿鳴館。17歳の令嬢・明子は、はじめての舞踏会でフランスの海軍将校とワルツを踊る。星月夜のバルコニーで彼が語った「我々の生のやうな花火」。そして30年後、明かされた彼の名前は——
- 森鴎外『普請中』No.082築地の工事中のホテルで、役人の渡辺は、ドイツ語で話す昔の恋人と再会する。「キスをして上げてもよくって」「ここは日本だ」——乾杯の言葉は、彼女の新しい恋人の名前だった
- 芥川龍之介『奉教人の死』No.083長崎の教会に育てられた美しい少年「ろおれんぞ」。傘張りの娘の子の父だと言われて教会を追われ、乞食になってもひとり祈りつづけた。大火の夜、炎の中から赤ん坊を救いだしたとき、だれも知らなかったことが明らかになる
- 森鴎外『じいさんばあさん』No.086麻布の隠居所に越してきた、白髪の老夫婦。仲のよさは「無類」、夫婦にしては遠慮しすぎるほど。じつは二人は、37年ぶりに再会した夫と妻だった——刀の披露の夜の刃傷、越前への配流、そして妻がひとりで守りつづけたもの
- 太宰治『駈込み訴え』No.088「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い」——師を役人に売りにきた男が、一気にまくしたてる愛と憎しみ。「私はあなたを愛しています」「あの人を殺して下さい」。最後に名のった名前は
- 堀辰雄『風立ちぬ』No.089「風立ちぬ、いざ生きめやも」。病気の婚約者・節子と、八ヶ岳のふもとのサナトリウムですごした日々。「二人の人間がその余りにも短い一生の間をどれだけお互に幸福にさせ合えるか」——青空文庫で読む
- 芥川龍之介『袈裟と盛遠』No.091「己は今夜、己の憎んでいない男を殺さなければならない」——人妻・袈裟の夫を殺す約束をした武士・盛遠と、その夜、夫の身代わりに殺されるのを待つ袈裟。上下二つの独白でえがく、愛と憎しみと恐怖
- 夏目漱石「琴のそら音」No.093婚約者の露子がインフルエンザ。幽霊を研究する友人に「よく注意したまえ」と言われ、迷信ぶかい婆さんは犬の遠吠えが「ただごとじゃない」。雨の夜道を走って帰った法学士が、翌朝、四谷で見たもの
- 芥川龍之介『好色』No.094「天が下の色好み」平中が、どうしても落とせなかった女・侍従。60通の手紙への返事は、自分の手紙から切りぬいた二文字。雨の夜の待ちぼうけ。そして、恋をあきらめるために平中が思いついた、とんでもない方法
- 泉鏡花『高野聖』No.095飛騨の山越え、蛇と山蛭の森を抜けた若い修行僧がたどりついた一軒家。美しい女に谷川で背中を流してもらったその夜、家のまわりを獣たちの気配が取りかこむ——女の手にふれた男は、みな獣に変えられていた
- 織田作之助『夫婦善哉(めおとぜんざい)』No.099しっかり者の元芸者・蝶子と、ぐうたらで食いしん坊な若旦那・柳吉。駆け落ちして、商売をしては失敗し、それでも最後は法善寺の「めおとぜんざい」を二人ですする
- 菊池寛『恩讐の彼方に』No.102主人を斬り、主人の妾と逃げ、峠で旅人を殺してきた男・市九郎。出家して了海となり、毎年人が落ちて死ぬ絶壁を、ひとりで掘りぬこうと槌をふるう。19年目、父の仇を討ちにきた若者があらわれた
- 太宰治『おさん』No.103「たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます」——戦後の東京、ほかの女を愛しはじめた夫を見送る妻のひとり語り。「ひとを愛するなら、妻を全く忘れて、あっさり無心に愛してやって下さい」
- 岡本かの子『老妓抄』No.105「何人男を代えてもつづまるところ、たった一人の男を求めているに過ぎないのだね」——財産もでき、座敷も選べる身になった老芸妓が、電気工の青年の「発明」を養うことにした。彼女がほんとうに見たかったもの
- 坂口安吾『桜の森の満開の下』No.106花見は陽気なものではなく「怖ろしい景色」だった。鈴鹿峠の山賊が出会った、美しくて底知れない女。都へ行き、山へ帰る途中、満開の桜の下で女は——
- 谷崎潤一郎『刺青』No.107江戸の若い刺青師・清吉が5年待ちつづけた、駕籠の簾からこぼれた「真っ白な女の素足」。眠らせた娘の背に彫りこんだのは、巨大な女郎蜘蛛。目ざめた娘は言った——「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」
- 谷崎潤一郎『春琴抄(しゅんきんしょう)』No.108盲目の三味線の師匠・春琴と、手を曳いて仕えつづけた佐助。春琴が顔に大やけどを負ったとき、佐助は「お顔を見ないように」自分も盲目になる——献身か、それとも…
- 岡本かの子『鮨』No.110坂の下の鮨屋「福ずし」の看板娘・ともよと、謎めいた常連の「先生」。なぜ先生は鮨を食べに来るのか——語られたのは、何も食べられなかった少年に、母が縁側で握ってくれた鮨の思い出
- 菊池寛『藤十郎の恋』No.112元禄の名優・坂田藤十郎は、近松門左衛門の新作「密夫」の役をつかむため、茶屋の女房お梶に「20年来の恋」を打ち明けた。芸のための偽りの恋——その代償は
- 森鴎外『うたかたの記』No.115ミュンヘンの美術学校に来た日本の画家・巨勢と、かつて菫を売っていた少女マリイ。嵐のシュタルンベルク湖で「けふなり。けふなり。」と笑った彼女は——1886年6月13日、狂王ルートヴィヒ2世が湖で亡くなった夕べの物語
- 太宰治『ヴィヨンの妻』No.116夫は酒びたりの詩人・大谷。なじみの小料理屋から5千円を盗んで逃げた夜、妻は「あとの始末は、私がいたします」。店で働きはじめた妻が、最後に言った「私たちは、生きていさえすればいいのよ」
- 芥川龍之介『藪の中』No.119山科の藪で見つかった男の死骸。「殺したのはわたしです」と言ったのは、盗人と、妻と、そして巫女の口を借りた死んだ夫本人。三人の話は、どれも食いちがう
- 泉鏡花『夜行巡査』No.120規則どおりにしか歩かない、冷たいほど職務に忠実な巡査・八田。夜のお堀端で耳にしたのは、愛する女・お香をはなさない伯父の、ぞっとする告白。伯父が堀に落ちたとき、泳げない八田は——「職務だ」
- 森鴎外「安井夫人」No.121「仲平さんはえらくなりなさるだろう」「仲平さんは不男だ」。姉が「ご亭主にするのはいや」とことわった縁談に、16歳の「岡の小町」お佐代は、耳まで赤くして「はい」と言った——儒学者・安井息軒の妻の一生
- 太宰治「雪の夜の話」No.123おなかに赤ちゃんのいるお嫂さんへのおみやげのスルメを、雪道で落としてしまった。かわりに持ち帰ろうとしたのは、目の底に写した雪景色——「お嫂さん、あたしの眼の中を覗いてごらん」
- 島崎藤村の詩「初恋」No.065「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき」。りんごの木の下で、少女がさしだしたひとつのりんご。それが「人こひ初めしはじめ」だった——『若菜集』(1897年)の4連16行を読む
- 太宰治『葉桜と魔笛(はざくらとまてき)』No.066余命百日の妹のために、姉は恋人のふりをして手紙を書いた。「あしたの晩の六時には、口笛、軍艦マアチ吹いてあげます」——そして六時、本当に口笛が聞こえてきた
- 樋口一葉『十三夜(じゅうさんや)』No.067「今宵限り原田へ帰らぬ決心で出て参りました」。夫の冷たさにたえかねて実家にもどったお関。父は「同じく不運に泣くほどならば、原田の妻で大泣きに泣け」。帰りの人力車を引いていたのは、昔思いを寄せた幼なじみだった
- 樋口一葉『わかれ道(わかれみち)』No.069毎晩、窓をたたいてやってくる16歳の傘屋の吉と、姉のようにやさしい20すぎの仕立物屋のお京。大みそかの前の夜、お京は「明日、引っ越すよ」と告げる。「お京さん後生だから此肩の手を放しておくんなさい」
- 竹久夢二「宵待草(よいまちぐさ)」No.070「まてどくらせどこぬひとを 宵待草のやるせなさ こよひは月もでぬさうな」。たった3行の、来ない人を待つ歌。夢二の作詞で、大正7年(1918年)ごろから大流行した
- 夏目漱石『夢十夜(ゆめじゅうや)』第一夜No.071「百年待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」。死んでいく女の約束を信じ、真珠貝で墓をほり、赤い日をかぞえて待った男。墓石から咲いた一輪の白い百合
- 田山花袋『蒲団(ふとん)』No.059妻も子もある36歳の作家が、弟子の女学生に恋をした。かくした嫉妬、「監督者」という言いわけ、そして去った弟子の蒲団に顔をうずめて泣く——私小説の出発点とされる告白の物語
- 森鷗外『雁(がん)』No.050無縁坂の窓から、毎日通る学生に会釈する女・お玉。やっと声をかけようと決めたその日、下宿の夕食に出た「鯖の味噌煮」のせいで、二人は永遠に会えなくなった
- 泉鏡花『外科室』No.051麻酔を拒んだ伯爵夫人。「心に一つ秘密がある。うわごとで言ってしまうのがこわい」。メスを持つ医学士・高峰との、9年前の植物園での一瞬のすれちがい
- 徳冨蘆花『不如帰(ほととぎす)』No.052「あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」——愛しあう海軍少尉の夫と引きさかれた浪子。理由は「肺結核」だった
- 樋口一葉『にごりえ』No.053新開地の店「菊の井」の売れっ子お力。「泥の中の蓮とやら」——明るくふるまう女が、ひとりの客にだけ打ち明けた本音。落ちぶれた元なじみ源七と、その妻子の暮らし
- 伊藤左千夫『野菊の墓』No.054「民さんは野菊のような人だ」「政夫さんはりんどうのような人」。15歳の少年と2つ年上のいとこの、言葉にしきれなかった初恋。矢切の渡しの村から
- 永井荷風『濹東綺譚(ぼくとうきたん)』No.030戦争前夜の東京、隅田川の向こうの町・玉の井で出会った作家とお雪。消えゆく時代への哀歌
- 高村光太郎『智恵子抄』No.032「智恵子は東京に空が無いといふ」。心の病と生きた妻と、最後のレモン——24年の愛の記録
- 夏目漱石『こころ』No.038「恋は罪悪ですよ」。親友Kと同じ人を好きになった「先生」が、遺書で明かした過去——三角関係の名作を、大人の目で読む
- 森鷗外『舞姫』No.039ベルリンの踊り子エリスと、出世を選んだ留学生・豊太郎。「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」——明治の若きエリートの恋と裏切り
- 樋口一葉『たけくらべ』No.046吉原のそばで育つ少女と、寺の息子。雨の日に落とした赤い布切れと、最後の水仙——24歳で亡くなった作家の初恋の物語
- 与謝野晶子『みだれ髪』No.048「やは肌のあつき血汐に」——22歳で師の鉄幹を追って上京し、恋を歌って明治をざわつかせた歌人
- かつて日本では「不倫」が犯罪だったNo.006姦通罪の歴史。罰せられたのは妻だけ、1947年に廃止
- 貫一とお宮No.007「金色夜叉」は、お金と恋の物語。熱海の海岸の名場面と、像をめぐる話
- 八百屋お七No.013恋しい人に会いたくて、江戸で火をつけた八百屋の娘。文京区・白山に残るお墓の話
Act II
男女の実話
True Romances
記録に残る、本当にあった恋の物語。
- 「女性たちのことを忘れないで」No.125アメリカ独立の年、妻アビゲイルは夫ジョン・アダムズに手紙を書いた。夫は「笑ってしまう」と返し、妻は言い返した。1,100通をこえる夫婦の手紙の実話
- ダーウィンの「結婚する・しない」メモNo.1321838年、29歳の博物学者は、結婚の損得を紙に書き出した。結論は「結婚する、結婚する、結婚する。証明終わり」。いとこのエマとの実話
- 水兵の服を縫い、逃亡のお金を出した女性No.141奴隷制から逃れたフレデリック・ダグラスと、自由黒人のアンナ・マレー。1838年、ニューヨークで結婚した2人の実話と、歴史に名前が残りにくかった妻のこと
- 「いちばんひどいやり方で踊りたい」No.146リンカーンとメアリー・トッド。丸太小屋育ちの青年と、14部屋の家のお嬢さん。一度は別れ、ひそかに付き合い直して結婚した1842年。指輪に刻んだ「愛は永遠」の実話
- 銃をとって籠城した女性と、アメリカ帰りの牧師No.149新島八重と新島襄。1876年、京都でキリスト教式の結婚式。最晩年の夫が妻の手を握って言った「お互いに忍耐の徳を養いたい」の実話
- 「私の人生から光が消えた」No.150セオドア・ルーズベルト、1884年のバレンタインデー。娘の誕生の2日後、同じ日に母と妻を失った青年議員。牧場に逃れ、幼なじみのイーディスと再婚するまでの実話
- グラント将軍とジュリアNo.168「勇敢でさっそうとした軍人と結婚する」と言っていた少女。1844年春、ホワイトヘイブンのポーチでプロポーズ、戦争で待つこと4年。破産と病の最後の年、夫は回想録を書きあげて妻に財産をのこした
- フランクリンとエレノア・ルーズベルトNo.1751905年、花嫁を送り出したのは大統領のおじセオドア。13年後、夫の荷物から見つかった秘書の手紙。離婚せずに続けた結婚は、やがて「パートナーシップ」と呼ばれるように
- 結婚したら有罪だったNo.1771958年、ラビング夫妻はワシントンで結婚し、故郷バージニアで起訴された。「25年間、州に戻るな」。1967年、最高裁は全員一致で「結婚の自由は個人のもの」と判決した実話
- タージ・マハルは、亡くなった妻のための墓だったNo.197ムガル皇帝シャー・ジャハーンと妃ムムターズ・マハル。14人目の子の出産で亡くなった妃のために、1632年から白い大理石の霊廟を建てた実話
- ロバート・ブラウニングとエリザベス・バレットNo.061「あなたの詩を心から愛しています——そして、あなたのことも」。1845年1月、ひとりの詩人が送った1通のファンレターから始まった、2人の詩人の手紙の恋
- アベラールとエロイーズNo.05712世紀のパリ、有名な学者と、知性で知られた若い女性の恋。ひみつの結婚、引きさかれた二人、修道士と修道女として生きた後半生。アベラール自身が書いた『わが災厄の記』で読む
- キュリー夫妻の実話No.033貧しい実験室で出会い、2人でノーベル賞。夫の突然の死のあと、マリーは2つめのノーベル賞へ
- 王冠を捨てた恋No.034英国王エドワード8世と、2度の離婚歴があるアメリカ人女性ウォリス。在位325日、ラジオで語った「愛する女性の助けと支えなしには」
- ナポレオンとジョゼフィーヌNo.0426歳年上の未亡人に夢中になった将軍。皇帝になり、跡継ぎのために離婚。それでも「本当に愛したのは彼女だけ」
- プロポーズしたのは女王のほうだったNo.047ヴィクトリア女王とアルバート公。白いウエディングドレスを広め、夫を亡くしたあとは生涯黒い服で過ごした恋の実話
- 『曽根崎心中』は実話だったNo.0281703年、大阪・天神の森で死んだ遊女お初と手代徳兵衛。大ヒットで幕府が「心中物」を禁止するまで
- 日本最初の新婚旅行は坂本龍馬とお龍No.010襲撃で傷を負い、霧島の温泉で湯治した1866年の旅
Act III
色街の歴史
The Pleasure Quarters
吉原、赤線、ポンペイ。資料でたどる、色街の歴史。
- 金沢「ひがし茶屋街」の歴史No.1431820年、加賀藩が城下に散らばっていたお茶屋を集めてできた町。いちど廃止され、1867年に再び公認。琴・三味線・舞から和歌・俳諧まで求められた「芸どころ金沢」の礎と、江戸の建物が残るお茶屋「志摩」
- 京都の「五花街」の歴史No.145祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東。北野天満宮の余材で建てた7軒の茶屋、秀吉が気に入った御手洗団子、出雲阿国の歌舞伎踊り、鴨川の大普請。それぞれの始まりと、舞妓・芸妓の修業
- 宿場の「飯盛女」とは何だったのかNo.147幕府が公認した遊廓は吉原・新町・島原だけ。旅籠1軒に2人までとされた宿場の女性たち。奥州街道・郡山宿に残る66通の奉公人請状と、宿場の財政を支えさせられた歴史
- 名古屋・中村遊廓の歴史No.1481923年、大須の「旭廓」が田園地帯へ移ってできた「日本最後の大規模遊廓」。一辺300mの正方形、四隅の斜めの道、防火のコンクリート壁。いまも町の形が残る「大門」
- ドイツでは売春は合法?No.1662002年の「売春法」で報酬の約束が法的に有効に。2017年の「売春者保護法」で届け出・健康相談・店の許可制、客にもコンドームの義務。2025年の検証報告は「目的は一部しか達成されていない」
- 新潟・古町花街(ふるまちかがい)の歴史No.173明治に近代の花街として形づくられ、震災や火災を免れて戦前の料亭・置屋の建物が残る。京都・金沢が「茶屋」の花街なら、古町は「料亭」の花街。芸妓の舞は、新潟で女性が受けついできた市山流
- 長崎・丸山の歴史No.1831642年、市中に散らばっていた遊女屋を集めてできた花街。出島のオランダ人や唐人屋敷の中国人のもとへ行けたのは、丸山の遊女だけだった。いまも残る思案橋・見返り柳・史跡料亭「花月」
- 京都・島原の歴史No.1921641年、六条三筋町からの移転騒ぎが「島原の乱のよう」と言われて付いた名前。客をもてなす「揚屋」と太夫を抱える「置屋」の分業、俳句の会もあった町。重要文化財「角屋」に残る江戸の宴会場
- ニューオーリンズの「ストーリーヴィル」No.1961897年、市議会議員ストーリーの条例で売春を1つの地区に閉じこめた。名前をつけられた本人はいやがった。ジャズの若い音楽家たちが腕をみがき、1917年、戦争で閉鎖された20年の歴史
- 2000年前の色街No.027ポンペイ遺跡の売春宿「ルパナーレ」。石のベッドと、働かされていた奴隷の女性たち
- すすきのの始まりは「国が作った遊郭」だったNo.0291871年、開拓使が札幌の南につくった薄野遊郭と、白石への移転
- 「赤線」とは何だったのかNo.001戦後の地図の赤い線と、1958年に全国の約4万軒が消えた売春防止法の歴史
- オランダでは売春が合法?No.002「飾り窓」の国が2000年に「売春宿の禁止」を解除した歴史と、その後
- 飛田新地の歴史No.0121912年の「南の大火」から生まれた大阪の遊廓。国の登録有形文化財「鯛よし百番」に残る大正の建物
- 吉原の歴史No.014江戸でただ一つ幕府が認めた遊廓。1617年に始まり、1958年の売春防止法で幕を閉じるまでの約340年
Act IV
音楽の教養
The Music Hall
ジャズ、ロック、ヒップホップ、シティポップ。何がすごかったのか。
- バイロイト音楽祭は何がすごい?No.158ワーグナーが自分の作品のために建てた劇場で、1876年から。オーケストラは舞台の下に隠れ、客席はまっ暗、休憩は1時間。2026年で150年
- フラメンコとは?No.159歌の「カンテ」、踊りの「バイレ」、ギターの「トケ」。スペイン南部アンダルシアを中心に、ヒターノ(ロマ)の人びとが大きな役割をはたしてきた芸術。2010年にユネスコ無形文化遺産、アンダルシア州は自治憲章に「フラメンコ」と書いている
- タンゴとは?No.160ブエノスアイレスとモンテビデオの下町で、ヨーロッパからの移民、アフリカの奴隷の子孫、クリオーリョの文化がまざって生まれた、音楽と踊りと詩。2009年、アルゼンチンとウルグアイがいっしょにユネスコ無形文化遺産に
- ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは何がすごい?No.161元日のウィーン楽友協会「黄金のホール」で、シュトラウス一家のワルツとポルカ。世界150か国以上・約5,000万人が見る。始まりは1939年12月31日、戦争のさなかだった
- ショパン国際ピアノコンクールは何がすごい?No.1721927年に始まり、弾くのはショパンだけ、すべて暗譜。5年に1度、ワルシャワで。2021年は配信の視聴者の半分以上が日本から。2025年の第19回は、エリック・ルーが優勝
- ボブ・マーリーは何がすごかった?No.178ジャマイカのレゲエを世界の音楽に。銃撃の2日後にステージに立ち、対立する2人の政治家の手をステージ上でつながせた。レゲエはユネスコの無形文化遺産に
- 年末の「第九」は何がすごい?No.179交響曲に初めて人の声を入れたベートーヴェン最後の交響曲。日本で最初の全曲演奏は1918年、徳島の捕虜収容所のドイツ兵。いまはEUの歌にも
- ジミ・ヘンドリックスは何がすごかった?No.180楽譜が読めないまま、エレキギターの「新しい言葉」を作った。フィードバックとひずみ、ほうきで弾くまねから始まった、わずか4年の伝説
- モータウンは何がすごかった?No.181家族の共同基金から借りた800ドルで始まったデトロイトのレコード会社。社長一家が上の階に暮らした建物のスタジオ「ヒッツヴィルU.S.A.」から、シュープリームス、スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイが世界へ
- ウッドストックは何がすごかった?No.1821969年8月、ニューヨーク州の農場に推定50万人近く。「3日間の平和と音楽」は雨と渋滞で4日目の朝までのび、最後はジミ・ヘンドリックス。じつは開催地はウッドストックの町ではなかった
- ボブ・ディランは何がすごかった?No.040歌手なのにノーベル文学賞。フォークの神様がエレキギターを持って「ブーイング」をあびた夜
- デヴィッド・ボウイは何がすごかった?No.041「ジギー・スターダスト」で変身し続けた50年、山本寛斎の衣装と『戦場のメリークリスマス』、最後のアルバムは亡くなる2日前
- ビートルズは何がすごかった?No.015自分たちで曲を作り、スタジオで実験し続けた4人。ギネスが認める「史上最も売れたグループ」
- シティポップとは?No.01640年後に世界でヒットした、日本の「都会の音楽」。「真夜中のドア」と「プラスティック・ラブ」の奇跡
- エルビス・プレスリーは何がすごかった?No.017黒人音楽とカントリーを混ぜて「ロックンロール」を世界に広げたキング
- ヒップホップとラッパーの歴史No.0181973年ブロンクスのパーティーから、2パックとビギーの死、ピューリッツァー賞まで
- ジャズの歴史を10分でNo.019ニューオーリンズの黒人ブラスバンドから、スウィング、ビバップ、マイルス・デイビスの『カインド・オブ・ブルー』まで
- 大人の音楽の教養・入門No.020ジャズ、ロック、パンク、ヒップホップ、ビジュアル系を年表でつなぐ。「混ぜる」と「反抗する」で音楽は進んできた
- マイケル・ジャクソンは何がすごかった?No.021史上最も売れたアルバム『スリラー』、ムーンウォーク、そして「見る音楽」
- ニルヴァーナは何がすごかった?No.022シアトルの「グランジ」が、マイケル・ジャクソンを1位から降ろした日
- クイーンは何がすごかった?No.0236分近い「ボヘミアン・ラプソディ」、伝説のライブエイド、そして日本との深い絆
- ローリング・ストーンズは何がすごかった?No.024ブルースから始まった「危険な」ロックを60年以上。2023年にも全英1位
- セックス・ピストルズは何がすごかった?No.025わずか2年半でパンクを爆発させ、女王即位25年の年に「God Save the Queen」
- 日本のビジュアル系とは?No.026「音」ではなく「見せ方」で世界観をつくる、日本生まれのロック文化。X JAPANから海外へ
Act V
楽しみ方
A Night Out
歌舞伎、能、文楽、寄席、オペラ、相撲。はじめての観かた。
- クラシックコンサートの楽しみ方No.131ドレスコードはない。拍手は「楽章の間は控えて、曲が終わってから」。せきはハンカチで、飴は指揮者が出てくる前に。29歳以下の割引も
- 雅楽の楽しみ方No.134千年以上つづく宮中の音楽と舞。皇居の中で聴ける宮内庁楽部の秋の演奏会は無料・抽選(2026年は約2万人の応募に1,800人)。「打ち合わせ」「千秋楽」も雅楽から
- 講談の楽しみ方No.140落語は「会話」の芸、講談は「読む」芸。張り扇で釈台を「パパン」とたたき、戦の場面は「修羅場」で読み上げる。冬は義士、夏はお化け。いまは女性の講談師が男性より多い
- 本格焼酎・泡盛のラベルの読み方No.154「本格焼酎」と名乗れるのは単式蒸留焼酎のうち、原料が法律で決められたものだけ。泡盛は黒こうじの米こうじと水だけ。壱岐・球磨・琉球・薩摩・東京島酒は国が指定した産地の名前
- 「ジャパニーズウイスキー」と名乗れる条件No.155日本の蒸溜所で糖化・発酵・蒸留し、日本で3年以上たるで寝かせ、日本で瓶詰め。酒税法の「ウイスキー」より、ずっときびしい業界の基準
- 組踊(くみおどり)の楽しみ方No.156琉球王国が中国皇帝の使者をもてなすために生んだ歌舞劇。1719年に首里城で初演、せりふは沖縄の古語、音楽は三線の琉球音楽。最後は「踊て戻ら(踊って帰ろう)」のハッピーエンドが多い
- 寄席の「色物」の楽しみ方No.164落語のあいだに出てくる太神楽・紙切り・奇術・曲独楽・漫才・音曲。看板の名前が朱色なのは色物のしるし。講談は「先輩」なので色物あつかいしない
- シャンパーニュ(シャンパン)のラベルの読み方No.165「ブリュット」は糖分1リットルあたり12g未満、「ドゥミ・セック」は32〜50g。「ブラン・ド・ブラン」は白ブドウだけ。小さな「RM」「NM」の文字で、造り手の種類がわかる
- 浪曲(浪花節)の楽しみ方No.189三味線にのせて、歌う「節」と語る「啖呵」で物語を伝える。譜面はなく、曲師との掛け合いはその日かぎり。浅草・木馬亭は「日本で唯一の浪曲の寄席」で、予約なし
- 宝塚歌劇の楽しみ方No.199出演者は女性だけ、花・月・雪・星・宙の5組と専科。お芝居約1時間半+ショー約1時間の二本立て。東京宝塚劇場のB席は3,500円、ドレスコードなし
- 文楽(人形浄瑠璃)の楽しみ方No.0311体の人形を3人で遣う「三人遣い」、語りの太夫と三味線。字幕とイヤホンガイドで初めてでも大丈夫。『曾根崎心中』も文楽から
- 「日本ワイン」と「国産ワイン」はちがうNo.036国産ぶどう100%だけが「日本ワイン」。品種・収穫年が書いてあれば85%以上。ラベルの読み方
- 上野・国立西洋美術館で美術館デートNo.043建物ごと世界遺産、前庭にはロダンの《考える人》。常設展は一般500円、金・土は20時まで
- 大相撲を観にいこうNo.045東京場所は1月・5月・9月の両国国技館。JR両国駅から徒歩1分。相撲博物館はふだん無料
- 寄席で落語デート入門No.049予約なし・当日券で、昼から夜まで。新宿末廣亭の入場料、上席・中席・下席、前座・二ツ目・真打のちがい
- 夏フェスの楽しみ方No.003いちばんの敵は熱中症。のどが渇く前の水分と塩分、暑さ指数のチェック
- 歌舞伎の楽しみ方No.005はじめてなら「イヤホンガイド」を。筋書きが分からなくても楽しめる、歌舞伎座デート
- 能・狂言の楽しみ方No.008国立能楽堂には座席ごとの字幕。むずかしい言葉も、手元の画面で分かる
- オペラの楽しみ方No.009ドレスコードはない、字幕もある。はじめてのオペラデートで知っておきたいこと
- 日本酒のラベルの読み方No.011大吟醸・吟醸・純米・本醸造の違いは「精米歩合」と「醸造アルコール」
Act VI
歴史の文書と遺物
The Archive
死海文書、ロゼッタストーン。歴史を語る文書と遺物を、実物の写真とともに。
- アンティキティラ島の機械No.126ギリシャの沈没船から海綿とりの潜水夫が引きあげた、さびた青銅のかたまり。中には30個の歯車。2000年以上前に、日食・月食や惑星の動きを計算した「古代のコンピューター」だった
- バイユーのタペストリーNo.127じつはタペストリー(織物)ではなく、長さ約68mの「刺しゅう」。1066年、ノルマンディー公ギヨームがイングランドを征服するまでを、10色の毛糸で描いた絵巻。革命のときは荷車のおおいにされかけた
- ベヒストゥン碑文No.128イランの岩山、平原から約60mの高さに刻まれた、王ダレイオス1世の「自分はこうして王になった」。同じ文を3つの言葉で書いた、楔形文字を読みとく鍵になった碑文
- ケルズの書No.1291200年前、修道士たちが子牛の皮にラテン語で写した、4つの福音書。ヴァイキングの襲撃からのがれて海をわたり、表紙のケースは盗まれた。いまは1度に2ページだけ、ダブリンで公開
- ドゥームズデイ・ブックNo.1331085年のクリスマス、イングランドを征服したウィリアム1世が命じた「国じゅうの土地台帳」。牛の数や水車の数まで調べた。「最後の審判の日の本」というあだ名は、その判定から逃げられないから
- 稲荷山古墳の金錯銘鉄剣No.138発掘から10年後、さびをとる作業中に金の文字が浮かびあがった。表と裏に115文字。「ワカタケル大王」に仕えた「ヲワケ」の一族の自慢を刻んだ、現存最古の日本の文章
- 国宝土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」No.139長野県茅野市の工業団地の工事で、広場の穴にそっと寝かせてあった高さ27cmの土偶。ほとんどの土偶はこわれて見つかるのに、なぜ完全な形?縄文の遺物で初めての国宝
- キュロスの円筒No.153ラグビーボールほどの大きさの、たる形の粘土に刻まれた楔形文字。紀元前539年、ペルシャの王キュロスがバビロンを手に入れて「神々の祭りをもとに戻し、連れてこられた人々を故郷へ帰した」と語る。「最初の人権宣言」とも呼ばれる、大英博物館の遺物
- 御堂関白記(みどうかんぱくき)No.157藤原道長が自分の手で書いた日記。書き直しのあとがたくさん残る、現存する日本最古の自筆の日記で、国宝。ユネスコは「世界最古の自筆の日記」として2013年に「世界の記憶」に登録した。いまも京都の陽明文庫に
- 山本作兵衛の炭坑記録画No.1627歳から炭坑に入り、50年以上はたらいた元炭坑員が、60代から「子や孫に残したい」と描いた筑豊のヤマ。絵の余白に解説の文。2011年、日本で初めてユネスコ「世界の記憶」に登録された697点
- ヴィレンドルフのヴィーナスNo.163高さ11cm、顔のない女性の小さな石像。約3万年前、ドナウ川のほとりで。石はまわりにない「魚卵状石灰岩」で、CTで中を調べると、いちばん近いのは、アルプスの南、イタリア・ガルダ湖のそばの石だった
- リンカーンのゲティスバーグ演説(1863年)No.1672時間話した名演説家のあとに、わずか2分。「人民の、人民による、人民のための政治」。手書きの原稿は5つ残り、最も古い1枚目はホワイトハウスの便せんに書かれていた
- 伊能忠敬の「大日本沿海輿地全図」(伊能図)No.169商人の隠居が、1800年から10回、17年かけて日本を歩いて測った。完成は本人の死から3年後の1821年、大図214枚・中図8枚・小図3枚。幕府に出した完成品は1873年の皇居の火災で焼けた
- ネブラの天文盤No.1843600年前のドイツで、青銅の円盤に金で描かれた月・太陽・すばる。世界でいちばん古い、具体的な「空の絵」。見つけたのは違法な宝さがしで、3年後にスイスの警察が確保した
- 七支刀(しちしとう)No.191奈良・石上神宮に1000年以上伝わる、7つに枝分かれした不思議な形の国宝の刀。明治のはじめ、宮司がさびを落とすと金の文字が。百済の王から贈られたらしいが、銘文の読み方はいまも論争中
- 高松塚古墳壁画No.1981972年、奈良・明日香村の小さな円墳から、日本で初めての極彩色の古墳壁画。「飛鳥美人」で有名な女子群像、四神、星の図。カビとのたたかいの末、石室ごと取り出して修理した
- アラスカ購入の小切手(1868年)No.073アメリカはロシアから、約60万平方マイルのアラスカを720万ドルで買った。1エーカーあたり2セント足らず。「スワードの愚行」「スワードの冷蔵庫」と笑われたが——米国立公文書館に残る小切手と条約
- ブラウン対教育委員会裁判(1954年)No.074「分離された教育施設は、本質的に不平等である」。公立学校で子どもを人種で分けることは憲法違反——60年近くつづいた「分離すれども平等」をくつがえした全員一致の判決を、米国立公文書館で読む
- 中国人排斥法(1882年)No.076アメリカで初めての大きな移民制限法は、ひとつの民族の労働者の入国を10年間まるごと禁じた。延長され、恒久化され、廃止されたのは1943年。それでも年に105人のわく——米国立公文書館で読む、移民と差別の歴史
- 公民権法(1964年)No.077劇場、レストラン、ホテル、プール、図書館、学校での人種隔離を禁じ、雇用の差別を違法にした。南部の議員の長い演説(フィリバスター)をこえて、上院は73対27で可決——米国立公文書館で読む
- イーライ・ホイットニーの綿繰り機の特許(1794年)No.0781台で1日50ポンドの綿から種を取りのぞき、綿は初めて「もうかる作物」に。けれど、いちばん大きな影響は「奴隷制の拡大」だった——米国立公文書館で読む、便利な発明のもうひとつの顔
- エジソンの電球の特許(1880年)No.0791880年1月27日、特許番号223,898。エジソンは電球を「発明」したのではなく「改良」した——炭素のフィラメントで、安全で実用的な電灯に。米国立公文書館に残る特許出願の手紙を読む
- 奴隷解放宣言(1863年)No.080リンカーンは南北戦争のさなか、反乱州の奴隷は「今後永久に自由」と宣言した。でも、北部側の州の奴隷はそのまま——米国立公文書館が書く「多くの点でかぎられていた」理由と、奴隷制を終わらせた憲法修正第13条
- 大統領令9066号(1942年)No.081日系アメリカ人の強制収容につながった命令。条文には民族の名は書かれていなかったが、約12万2,000人が「収容所」へ。そのうち約7万人はアメリカ市民だった。1988年、アメリカ政府は不正義を認めて謝罪した
- ホームステッド法(1862年)No.0845年住んで耕せば、160エーカーの土地が自分のものに。手数料は10ドル、合衆国に武器を向けたことのない人なら申請できた。でも、5億エーカーのうち入植者にわたったのは8,000万エーカーだけ——米国立公文書館で読む
- 州間高速道路法(1956年)No.085アメリカ史上最大の公共事業は、アイゼンハワーの若き日の「大陸横断の車列」とドイツのアウトバーンの記憶から。4万1,000マイル、250億ドル——車中心の国をつくった法律を、米国立公文書館で読む
- ジョン・グレンの宇宙飛行(1962年)No.087自動操縦がこわれ「手動に切りかえる」。熱シールドがはずれているかもしれない——地上は逆噴射ロケットを捨てずに大気圏に入れと指示した。「理由は?」と聞くグレンの交信記録を、米国立公文書館で読む
- ケネディ大統領の就任演説(1961年)No.090「国があなたに何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを問うてほしい」。黄色いメモ用紙に手書きで練り、一文ずつけずった演説——米国立公文書館の草稿とトランスクリプトで読む
- 国宝「金印」(漢委奴国王)No.0921784年、志賀島の田んぼの溝から農民が見つけた、一辺わずか2.3cm・108gの金のはんこ。『後漢書』には、西暦57年に光武帝が倭の奴国の使いに「印綬」を与えたとある。どう使った?なぜ蛇のつまみ?
- 武器貸与法(1941年)No.096「道具をください、そうすれば仕事をやりとげます」。中立をたもちながら、イギリスに武器を貸し、リースする——ルーズベルトが「民主主義の偉大な兵器廠」をめざした法律を、米国立公文書館で読む
- ルイジアナ買収(1803年)No.097ニューオーリンズの港だけを買うつもりが、フランスがもちかけたのは、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・スペイン・ポルトガルを合わせたより広い土地。1500万ドル、1エーカーあたり約4セントでアメリカは国土を倍に
- マーシャル・プラン(1948年)No.098「われわれの政策は、どの国にもどの主義にも向けられたものではない。飢え、貧困、絶望、混乱に向けられたものだ」。廃墟のヨーロッパに4年で133億ドル。ただし「主導権はヨーロッパから」——米国立公文書館で読む
- モンロー宣言(1823年)No.100「アメリカ大陸は、今後、ヨーロッパのどの国の植民地化の対象にもならない」。ふつうの年次教書のなかに埋もれていた一節が、やがて西半球のアメリカの政策の合言葉に。1904年の「ローズヴェルトの系論」、1962年のキューバ危機まで——米国立公文書館で読む
- アメリカ合衆国憲法修正第19条No.101「性別を理由に、投票する権利を否定または制限されない」——1878年に初めて議会に提出され、ようやく1920年8月18日に批准された、女性の参政権。テネシー州が36番目の州になった日
- 太平洋鉄道法(1862年)No.104ミズーリ川から太平洋まで、アメリカを横断する鉄道と電信線を。東からはアイルランドやドイツ、イタリアの移民8,000人あまり、西からは1万人をこえる中国人労働者——1869年、ユタのプロモントリーで最後の犬くぎが打たれるまで。米国立公文書館で読む
- アメリカの社会保障法(1935年)No.109大恐慌のさなか、ルーズベルト大統領が議会に求めた「社会保障」。老齢年金は政府の財源ではなく、給料と雇い主への税という「拠出」でまかなう——米国立公文書館で読む、アメリカ流の年金のはじまり
- 部分的核実験禁止条約(1963年)No.111大気圏内、宇宙空間、水中での核実験を禁止。放射性の降下物は世界のどこにもとどく——8年におよぶ交渉のすえ、アメリカ・イギリス・ソ連がモスクワで署名した条約を、米国立公文書館で読む
- 国際連合憲章(1945年)No.113「われわれ連合国の人々は、われわれが生きているあいだに二度も、言いあらわせない悲しみを人類にもたらした戦争の災いから、のちの世代を救い」——サンフランシスコで50か国の代表が署名した憲章を、米国立公文書館で読む。原本はアメリカ政府の公文書館に
- アメリカ合衆国憲法(1787年)No.114「We the People」で始まる4枚の羊皮紙。暑いフィラデルフィアで、ドアを閉ざして秘密で議論した55人。大きな州と小さな州の対立、拒んだ3人の署名、そして1791年の「権利章典」まで。米国立公文書館の原文で読む
- ワシントン大統領の最初の就任演説(1789年)No.117憲法では求められていなかった「就任演説」は、ここから始まった。「人生の浮き沈みのなかで、これほど私を不安で満たした出来事はない」。自由の聖なる火は、アメリカ国民にゆだねられた実験にかかっている——米国立公文書館で読む
- ウィルソン大統領の14か条(1918年)No.118「公開の場でむすばれる、公開の平和の約束」。秘密条約の廃止、海の自由、そして大小の国の独立をたがいに保障する「国々の全般的な連合」——国際連盟のもとになった演説を、米国立公文書館で読む
- イエローストーン国立公園法(1872年)No.122「人々の利益と楽しみのための公園」。調査隊の写真のアルバムを議員にくばり、絵と記事で自然の驚異を伝えた——連邦が守る最初の国立公園ができるまで。米国立公文書館で読む
- ツィンマーマン電報(1917年)No.124ドイツ外相がメキシコにあてた暗号電報は、イギリスに解読されていた。「テキサス、ニューメキシコ、アリゾナを取りもどせ」、そして「日本を誘え」——中立だったアメリカを第一次世界大戦に引きこんだ1通の秘密電報
- アメリカ独立宣言No.062「すべての人は平等に造られ、生命・自由・幸福の追求という権利をあたえられている」。1776年7月4日に採択。起草したのはトマス・ジェファソン。羊皮紙の原本はいま、米国立公文書館に
- グーテンベルク聖書No.0631450年代なかば、ドイツのマインツで、金属の活字でつくられた最初の大きな本。中世から近代への分かれ目とされる。米議会図書館の1冊は、オーストリアの修道院に500年近くあり、1930年に議会の決定で買われた
- ハンムラビ法典No.064「目には目を」で有名な、古代バビロニアの王の法律。高さ2.4mほどの黒い石に刻まれ、20世紀のはじめにスサで発見。手術に失敗した医師は手を切られ、家がたおれたら大工は死刑——でも「目には目を」は、身分によってちがった
- マグナ・カルタNo.0681215年6月15日、イングランドのジョン王が、反乱した貴族たちの要求に印を押した。「王でさえ法の上には立たない」という考えのもとになり、アメリカ合衆国憲法の「法の適正な手続き」にもつながった
- 古代エジプトの「死者の書」No.058死者の心臓を天びんにのせ、真実をあらわす羽根とくらべる。「わたしは人を泣かせなかった」と42の罪をしなかったと神々に誓う。じつは「本」ではなく、墓に入れた呪文の集まり
- ヴォイニッチ手稿No.060だれが書いたのか、何語なのかもわからない、なぞの文字の本。暗号の専門家も読めないまま。イェール大学の図書館によると、作られたのは15世紀の終わりか16世紀の中央ヨーロッパ
- 死海文書No.0551947年、群れからはぐれた1頭をさがす若い羊飼いが洞窟に石を投げると、つぼの割れる音がした。中には古い巻物。それまでの聖書の写本より1000年古いヘブライ語の文書だった。いまは900をこえる文書が見つかっている
- ロゼッタストーンNo.0561799年、ナポレオンのエジプト遠征中にフランスの士官が見つけた石。同じ布告が、神聖文字・民衆文字・ギリシャ文字の3つで刻まれていた。「プトレマイオス」の名前から、古代エジプト文字の解読が始まった
Act VII
作法
Curtain Call — Manners
フレンチ、和食、お茶席、神社。恥をかかない作法。
- 神棚のまつり方の作法No.142神社本庁の案内では、目線より高い清らかな場所に、お神札の正面が南か東を向くように。三社造りは中央に神宮大麻、向かって右に氏神さま。お供えは米・塩・水が基本で、お参りは「二拝二拍手一拝」
- 敬語の作法は「5種類」で考えるNo.144文化審議会の『敬語の指針』では、尊敬語・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ(丁重語)・丁寧語・美化語。「担当者に伺ってください」はなぜ変?「させていただく」はいつ使う?目上の人に「ご苦労様」は?
- 大相撲観戦の作法No.151日本相撲協会の案内では、座布団は「絶対に投げないで」。力士や審判には触れない、取組中は席を移らない、タマリ席は16歳以上で飲食禁止。入り待ち・出待ちも遠慮を
- はじめての坐禅の作法No.152曹洞宗の案内では、入堂は左足から、隣の人と向かいの人にあいさつ、足は結跏趺坐か半跏趺坐、手は法界定印。警策は合掌して受ける。足を組めない人の「いす坐禅」も
- 皇居の一般参賀の作法No.170宮内庁の案内では、前日の夕方や当日の未明から並ぶのは遠慮を。入門は皇居正門(二重橋)から、手荷物検査あり。ナイフやハサミは持ちこまない、飲酒・喫煙・自撮り棒や三脚は不可、ハイヒールや下駄は要注意
- 国会の本会議を傍聴する作法No.171憲法57条で「両議院の会議は、公開」。一般傍聴券は開会30分前から先着順、議員の紹介でも入れる。委員会は議員の紹介と委員長の許可が必要。衆議院規則では、傍聴人は議場に入れず、酒気を帯びた人は傍聴席に入れない
- 温泉旅行で困らない入浴の作法No.185環境省の基準では「食事の直前・直後と飲酒後は入らない」「手足からかけ湯」「タオルは湯船に入れない」。1回は3〜10分から、上がったら水分を
- お寺のお参りの作法No.186浅草寺の案内では、お水舎は「ひしゃく一杯の水」で手と口を清め、本堂では合掌して「南無観世音菩薩」。おみくじで凶が出たら、境内の所定の場所に結んで「ご縁つなぎ」
- お焼香の作法は宗派でちがうNo.194浄土真宗本願寺派は「1回、額におしいただかない」、真宗大谷派は「2回、おしいただかない」。香典の表書き「御霊前」も、曹洞宗は葬儀に使い、浄土真宗は使わない
- 和食デートで恥をかかない箸の作法No.035迷い箸・指し箸・渡し箸は「嫌い箸」。焼き魚は裏返さない、お寿司は横に倒す
- 初詣デートで恥をかかない神社の参拝作法No.037手水は「左手→右手→口」、拝礼は「二拝・二拍手・一拝」。拍手は右手を少し下げて。祈願の玉串は時計回り
- お茶席デートで困らない、抹茶のいただき方No.044「お先に」「お点前ちょうだいいたします」、茶碗を2度回すのは「正面を避ける」ため。回数より大切なこと
- 高級フレンチの作法No.004ナイフとフォークは外側から、ナプキンはひざに。緊張しないための基本
出演者の写真・図版は、国立国会図書館「近代日本人の肖像」、メトロポリタン美術館(パブリックドメイン)などから。出典はそれぞれの記事に記載しています。









