
メル美「生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」って、聞いたことある?明治の小説のせりふなんだって。

プレ男なんだか、ぐっとくる言葉だね。どんな話なの?
今回は、徳冨蘆花の小説『不如帰(ほととぎす)』です。青空文庫の原文(底本:岩波文庫『小説 不如帰』)で読みました。
作品と作家
| 作品 | 『不如帰』 |
| 作者 | 徳冨蘆花(1868年12月8日〜1927年9月18日) |
| 発表 | 1898年(明治31年)から翌年にかけて「国民新聞」に連載。のちに民友社から本に |
| 読み方 | 連載のときは「ほととぎす」。のちに著者は「ふじょき」とよんだ(青空文庫の注) |
| 主人公 | 陸軍中将子爵片岡毅の娘浪子と、海軍少尉男爵川島武男 |
逗子で聞いた話から(第百版不如帰の巻首に)
- 蘆花は、本の巻頭の「第百版不如帰の巻首に」で、この小説が生まれたいきさつを書いています
- 12年前、相州逗子の宿の部屋を借りて住んでいたころ、病後の保養に来た婦人がいて、宿がいっぱいで困っていたので、部屋を1つゆずりました
- ある夕べ、その婦人から聞いたのが、「浪さん」が肺結核で離縁された事、「武男君」が悲しんだ事などの話でした
- 話の印象がいつまでも消えず、「話の骨に勝手な肉をつけて」小説にした、と蘆花は書いています
浪子と武男
- 浪子は、8歳のときに実母と死にわかれました。小さいころから人なつこく、かしこい娘でした
- 浪子は、海軍少尉の川島武男と結婚し、二人は深く愛しあいます。武男が結婚前に贈ったのは、ダイヤモンドの指輪でした
肺結核
- やがて浪子は肺結核にかかり、血をはいてしまいます。浪子は、実家の別荘で療養することになりました
- 浪子は気にしています。「実母もこの病気で亡くなりましたし」
- 武男ははげまします。「浪さんはまだ二十にもならんじゃないか。それに初期だから、どんな事があったってなおるよ」
「生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」
- 逗子の海を見ながら、浪子は涙にくもる目にほほえみをうかべて言います
- 「なおりますわ、きっとなおりますわ、――あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう!生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!死ぬなら二人で!ねエ、二人で!」
- 武男:「浪さんが亡くなれば、僕も生きちゃおらん!」

プレ男こんなに愛しあってるのに、どうして別れることに…。
引きさかれた二人
- 武男の母は、家の跡つぎや病気のことを気にして、「お浪さんが死んでしまうか、離縁にでもならなきゃア仕方がない」と考えるようになります
- そして浪子は、愛しあっていながら、離縁されてしまいます
- 浪子は苦しみの中で叫びます。「ああつらい!つらい!もう――もう婦人なんぞに――生まれはしませんよ」
- 浪子は亡くなり、武男は、浪子の遺書を手に、その墓の前に立ちます。そこへ浪子の父片岡中将があらわれ、涙をうかべて武男の手をにぎりました。「武男さん、わたしも辛かった!」「浪は死んでも、な、わたしはやっぱい卿の爺じゃ」

メル美病気の人が、家の都合で離縁されるなんて…。いまなら考えられないね。

徳冨蘆花によると、『不如帰』は、逗子で聞いた「肺結核で離縁された」女性の話をもとに書かれました。1898年から翌年にかけて「国民新聞」に連載されています。
まとめ
- 『不如帰』は、徳冨蘆花の小説。1898年から翌年、「国民新聞」に連載
- 陸軍中将の娘浪子と、海軍少尉川島武男は深く愛しあうが、浪子は肺結核に
- 「生きたいわ!千年も万年も生きたいわ!」
- 姑によって離縁され、浪子は亡くなった
- もとは、蘆花が逗子で聞いた話。「話の骨に勝手な肉をつけて」書いた
- 明治の恋の文学は伊藤左千夫『野菊の墓』、泉鏡花『外科室』、夏目漱石『こころ』もどうぞ
参考文献
- 徳冨蘆花. 小説 不如帰(「国民新聞」1898〜1899年連載。底本:小説 不如帰、岩波文庫、1938年第1刷・1971年改版). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000280/card1706.html (閲覧日:2026年10月5日)
- 青空文庫. 作家別作品リスト:徳冨蘆花(生年・没年). https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person280.html (閲覧日:2026年10月5日)
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