
プレ男『高野聖』って、お坊さんの話?

メル美若いお坊さんが、山奥で妖しい美女に出会う話なの。泉鏡花の代表作のひとつだよ。
今回は、泉鏡花の『高野聖』(こうやひじり)です。青空文庫の本文(底本:筑摩書房『ちくま日本文学全集 泉鏡花』)で読みました。初出は『新小説』1900年(明治33年)2月1日です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、今では差別的とされる言葉で、障害のある人物がえがかれています。この記事では、その言葉を使わずに紹介します。
敦賀の宿で
- 「私」は、東海道掛川から同じ汽車に乗りあわせた旅僧と知りあい、雪の敦賀で同じ宿に泊まります。旅僧は高野山に籍をおく45、6の、おとなしやかな人でした
- 床に入ってから、旅僧(宗朝)は若いころの話を語りはじめます
旧道へ
- 飛騨から信州へこえる山道。宗朝は、茶店で自分をからかった富山の薬売りと道づれになります
- 道が二つに分かれるところで、薬売りは左の坂へ。通りかかった百姓によれば、それは50年ほど前まで使われた旧道で、いまは通れない。去年も親子連れの巡礼がまちがえて入り、巡査と村人が総出で助けに行ったほどだ、と
- 宗朝は、いやな男だと思ったからこそ見殺しにはできない、と旧道へ入ります。「快からぬ人と思ったから、そのままで見棄てるのが、故とするようで、気が責めてならなんだ」
蛇の道と、蛭の森
- 旧道には、蛇が何度も道に横たわっていました。蛇が大の苦手な宗朝は、ついに杖をすて、ひざをついて「どうかお通しなすって下さりまし」と山の霊にたのみます
- つぎに入った大森林では、木の枝から山蛭がぼたりぼたりと降ってきます。体じゅうに吸いつかれ、宗朝はこの森の木々がみな蛭になって、世界は血と泥の大沼になるのではないか、とまで思いました
- やっと森をぬけ、坂の先で馬のいななきを聞いて、一軒の山家にたどりつきます

プレ男蛭が雨みたいに降ってくる森…想像しただけでぞわっとする!
山家の女
- 縁側には、女の夫だという、足の立たない若者がすわっていました
- 奥から出てきたのは、「小造の美しい、声も清しい、ものやさしい」女。泊めてほしいとたのむ宗朝に、女はひとつだけ約束させます。自分は都の話を聞くのが「病」だ、無理にたずねても、けっして話してくれるな、と
- 女は宗朝を、裏の崖の下の谷川へ案内します。蛭の傷で痣だらけの背中を見ておどろき、水をかけてさすってくれると、痛みが消え、宗朝は「花びらの中へ包まれたような」心地になりました。気がつくと、女もいつのまにか衣をぬいでいたのです
- そのとき、蟇が女の足にからみ、大きな蝙蝠が飛び、猿が女の背中に飛びつきます。女は「お客様が見えないかい」と叱りつけました
動かない馬
- 家にもどると、親仁(おやじ)が、諏訪の馬市へ売りにいく馬を引きだします。ところが馬は宗朝のほうを見て、どうしても動きません
- 女は宗朝に、ここへ来る道でだれかに会わなかったか、とたずね、富山の薬売りのことを聞くと、「会心の笑」をもらしました
- 女が馬の前に立ち、衣をぬいで馬の目をおおい、その腹の下をくぐりぬけると、馬は汗を流して身ぶるいし、ようやく山道を歩きだしました
夜の気配
- 夕食のあと、女は夫の若者に歌をうたわせます。その声の清らかさと、女の夫への「取廻しの優しさ、隔なさ、深切さ」に、宗朝は思わず涙を流しました
- 真夜中。家のまわりに、獣の足音、羊の鳴き声、鳥の羽ばたき、牛の鳴き声——「二十三十のものの鼻息、羽音」がむらがります
- 納戸から、女の声。「今夜はお客様があるよ」「お客様があるじゃないか」。宗朝は一心に陀羅尼をとなえ、やがてあたりは静まりかえりました

メル美「お客様があるよ」って、だれに言っているの…?こわい。
女の正体
- 翌朝、宗朝は家を発ちますが、修行をやめて女のもとに引きかえそうと思いはじめます。女滝と男滝にわかれる滝のそばで迷っていると、馬を売ってきた親仁が、金色の大きな鯉を提げてあらわれました
- 親仁は言います。ふつうの者なら、嬢様の手がふれてあの水をふるまわれて、いまごろ人間でいるはずがない。「牛か馬か、猿か、蟇か、蝙蝠か」。あの富山の薬売りは「とうに馬になって」、馬市で銭になり、その銭がこの鯉に化けた——嬢様の晩飯のおかずだ、と
- 女は、もとは村の医者の娘。手でふれるだけで病人の痛みがやわらぐと評判でした。足の手術で歩けなくなった少年を家へ送りとどけたとき、大洪水で村は流され、生き残ったのは女と少年と親仁だけ。女は少年につきそって13年、山にこもるうちに「神通自在」となり、男をより取っては、飽きると息をかけて獣に変えてしまうのだ、と
- 「妄念は起さずに早うここを退かっしゃい、助けられたが不思議なくらい、嬢様別してのお情じゃわ」。宗朝は一散に山をかけおりました

『高野聖』の親仁は、女の手がふれてあの水をふるまわれた者は「牛か馬か、猿か、蟇か、蝙蝠か」になると語ります。宗朝が人間のまま山をおりられたのは、「嬢様別してのお情」だった、と。
まとめ
- 『高野聖』は泉鏡花の小説。初出は『新小説』1900年2月
- 敦賀の宿で、高野山の旅僧宗朝が語る若いころの話
- 薬売りを追って旧道へ。蛇の道と、山蛭が降る森
- 山奥の一軒家の美しい女。谷川で背中を流してもらい、夜は家のまわりに獣の気配
- 親仁が明かす正体——女にふれた男は獣に変えられる。薬売りは馬になっていた
- 鏡花の外科室、人ならぬ女の話は『雨月物語』の蛇性の婬もどうぞ
参考文献
- 泉鏡花. 高野聖(底本:『ちくま日本文学全集 泉鏡花』筑摩書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card521.html (閲覧日:2026年10月12日)
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