
メル美谷崎潤一郎の『刺青』は、「しせい」って読むんだって。

プレ男タトゥーの話?江戸時代が舞台なの?
今回は、谷崎潤一郎の短編『刺青』(しせい)です。青空文庫の本文(底本:中公文庫『潤一郎ラビリンス——初期短編集』)で読みました。初出は『新思潮』1910年(明治43年)11月号です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、16、7歳の娘を薬で眠らせ、本人の同意なく刺青を彫る場面がえがかれています。
「美しい者は強者であり」
- 物語は、こう始まります。「其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった」
- そのころは、芝居でも草双紙でも、「すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった」。だれもが美しくあろうとつとめ、ついには体に絵の具を注ぎこむまでになった——刺青です
- 見事な刺青のある駕籠かきが客に選ばれ、吉原や辰巳の女も、美しい刺青の男にほれた。両国の「刺青会」では、肌をたたいて意匠を競いあいました
刺青師・清吉
- 清吉は、腕ききの若い刺青師。もとは「豊国国貞の風を慕って」浮世絵師をしていた人で、「奇警な構図と妖艶な線」で知られていました
- 心をひかれる肌と骨組みの人でなければ、彫ってもらえません。図柄も費用も清吉の思うまま、そのうえ針の痛みを1か月も2か月もこらえなければなりませんでした
- 清吉には「人知らぬ快楽」がありました。針を刺されて客がうめく、その声がはげしいほど「不思議に云い難き愉快を感じる」。痛みにたえる客に、「この清吉の針は飛び切りに痛えのだから」と笑うのです
5年待った「素足」
- 清吉の宿願は、「光輝ある美女の肌を得て、それへ己れの魂を刺り込む事」。江戸じゅうの色町をさがしても、心にかなう女は見つかりません
- 4年目の夏の夕方、深川の料理屋・平清の前で、待っている駕籠の簾のかげから「真っ白な女の素足」がこぼれているのに気づきます
- 清吉には、それが「貴き肉の宝玉」に見えました。「この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった」。追いかけましたが、駕籠は見えなくなりました
- 5年目の春、なじみの芸者の使いで、見知らぬ小娘がやってきます。年は「十六か七」。けれどその顔は、「幾十人の男の魂を弄んだ年増のように物凄く整って」いました
- 「丁度これで足かけ五年、己はお前を待って居た。顔を見るのは始めてだが、お前の足にはおぼえがある」

プレ男足だけで5年も待っていたなんて…。執念がすごい。
2本の巻物
- 清吉は、大川に面した二階座敷で、娘に2本の巻物を見せます
- 1本目は、「古の暴君紂王の寵妃、末喜を描いた絵」。金冠をいただき、大杯をかたむけながら、いままさに処刑される男をながめている。娘の瞳はかがやき、唇はふるえ、その顔はしだいに妃に似てきました。「娘は其処に隠れたる真の「己」を見出した」
- 2本目は「肥料」と題した絵。桜の幹に身をよせた若い女が、足もとに累々とたおれた男たちの屍を見つめています。「これはお前の未来を絵に現わしたのだ。此処に斃れて居る人達は、皆これからお前の為めに命を捨てるのだ」
- 娘はおそれて言います。「親方、白状します。私はお前さんのお察し通り、其の絵の女のような性分を持って居ますのさ」「お前さんの側に居るのは恐ろしいから」帰してほしい、と
女郎蜘蛛
- 清吉のふところには、かつてオランダの医者からもらった「麻睡剤」のびんがありました
- 眠った娘の背に、清吉は針を刺していきます。「若い刺青師の霊は墨汁の中に溶けて、皮膚に滲んだ」。昼がすぎ、日が暮れ、月が対岸にかかっても、手は休みません
- 夜が白みはじめるころ、針のあとは「巨大な女郎蜘蛛」の形になり、八本の肢をのばして背一面にわだかまりました
- 清吉は言います。「己はお前をほんとうの美しい女にする為めに、刺青の中へ己の魂をうち込んだのだ……男と云う男は、皆なお前の肥料になるのだ」
- 目ざめた娘は言いました。「お前さんの命を貰った代りに、私は嘸美しくなったろうねえ」
「真先に私の肥料に」
- 色上げの湯で、娘ははげしい痛みにのたうち、「私はこんな悲惨な態を男に見られるのが口惜しいから」と、清吉を二階へ追いやります
- やがて身じまいを整えてあがってきた女は、苦痛のかげもない晴れやかな顔で、空を仰ぎました
- 「親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨てゝしまいました。———お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」
- 「帰る前にもう一遍、その刺青を見せてくれ」と言う清吉に、女はだまってうなずいて肌をぬぎます。朝日がさして、「女の背は燦爛とした」——物語はここで終わります

メル美おびえていた娘が、最後には清吉のほうを「肥料」と呼ぶ。力関係が、一晩で逆転しているんだね。

『刺青』の清吉は、「男と云う男は、皆なお前の肥料になるのだ」と言います。目ざめた娘は「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」と答え、物語は朝日にかがやく女郎蜘蛛の刺青で終わります。
まとめ
- 『刺青』(しせい)は谷崎潤一郎の短編。初出は『新思潮』1910年11月号
- 「すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった」江戸の世
- 刺青師清吉は、駕籠からこぼれた素足の持ち主を、足かけ5年待ちつづけた
- 暴君の寵妃の絵と「肥料」の絵。娘は自分の中の「真の己」を見いだす
- 薬で眠らせた娘の背に、一晩かけて女郎蜘蛛を彫る
- 目ざめた女は「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」
- 谷崎の春琴抄、芥川の藪の中、いまの日本の刺青と法律はタトゥーと医師法もどうぞ
参考文献
- 谷崎潤一郎. 刺青(底本:『潤一郎ラビリンス——初期短編集』中公文庫、中央公論社). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/card56641.html (閲覧日:2026年10月12日)
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