
メル美向島百花園の帰りに、この辺りが舞台の小説があるって聞いたの。永井荷風の『濹東綺譚』って知ってる?

プレ男名前は聞いたことあるけど、「ぼくとう」って読むんだ…。どんな話?
こんにちは、Dr. Taro です。 「愛憎の歴史と文学」、今回は永井荷風の『濹東綺譚(ぼくとうきたん)』です。新潮社の作品紹介と、評論家・川本三郎さんの文章をもとにまとめました。
いつ書かれた?

作者の永井荷風。出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/ )
- 『濹東綺譚』は1936年(昭和11年)に書き上げられ、翌1937年4月から、東京・大阪の「朝日新聞」の夕刊に連載されました。最終回は1937年6月15日
- その翌月、1937年7月に日中戦争が始まります。作家の安岡章太郎は、この作品を「わがくにに辛うじて戦前の平和が残されていたギリギリの時期に発表された」と書いています
- 新潮社は、この作品を「荷風の復活を決定づけた名作」と紹介しています
どんな話?
- 主人公は、荷風自身を思わせる老作家・大江匡。「失踪」という小説の構想をねりながら、取材を兼ねて、隅田川の向こう(濹東)にある私娼街・玉の井に通います
- そこで、お雪という女性となじんでいきます。彼女の姿に、江戸の名残りを感じながら
- 物語は、二人の交情と別れを、随筆のように描いていきます

メル美「濹東」って、隅田川の東っていう意味なんだね。
何が描かれている?
- 滅びゆく東京の風俗への愛着と、四季のうつろい。新潮社は、荷風の「詩人としての資質」が十分に発揮された作品だとしています
- 日中戦争の直前の重苦しい世相への批判や、辛辣な風刺も
- 川本三郎さんは、東京の「三流の遊び場」だった玉の井が、軍国主義のいやな現実から離れた、美しい隠れ里として描かれていると書いています。「もっとも汚れた町のなかにこそ、もっとも美しい世界を見る」、それは戦争へと向かう世に背を向けた荷風の詩的抵抗であり、「消えゆく時代への哀歌」だと

プレ男恋愛小説かと思ったら、戦争に向かう時代への静かな抵抗でもあるんだ。

『濹東綺譚』は、日中戦争が始まる直前の1937年に連載されました。作家とお雪の交情と別れを通して、滅びゆく東京の風俗と、重苦しい世相への批判が描かれています。
読むなら
- 岩波文庫や新潮文庫などで読むことができます
- 向島百花園など、隅田川の東側を歩いたあとに読むと、昭和初期の風景を想像しやすいかもしれません(向島百花園)
- 同じく、東京の色街の近くで育つ子どもたちを描いた作品に、樋口一葉の『たけくらべ』があります(たけくらべ)
まとめ
- 『濹東綺譚』は1937年、日中戦争の直前に朝日新聞で連載された永井荷風の作品
- 老作家が玉の井に通い、お雪となじみ、そして別れる物語
- 滅びゆく東京への愛着、四季、そして重苦しい世相への批判
- 「消えゆく時代への哀歌」(川本三郎)
参考文献
- 新潮社. 永井荷風『ぼく東綺譚』(新潮文庫)作品紹介、および川本三郎「『荷風の昭和』のあとに読みたくなる三冊」. https://www.shinchosha.co.jp/book/106906/ (閲覧日:2026年9月29日)
- 国立国会図書館. 近代日本人の肖像「永井荷風」. https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/6084 (閲覧日:2026年10月2日)
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