
メル美森鴎外って、『舞姫』でドイツの恋の話を書いた人だよね。

プレ男『普請中』は、ドイツ語で話す昔の恋人が、日本にやってくる話なんだって。
今回は、森鴎外の短編『普請中』(ふしんちゅう)です。青空文庫の原文(底本:『日本の文学2 森鴎外(一)』中央公論社。初出は『三田文学』明治43年(1910年)6月)で読みました。鴎外のドイツの恋は『舞姫』の記事でも紹介しています。
工事中のホテル
- 参事官の渡辺は、雨あがりの夕方、歌舞伎座の前で電車をおり、木挽町の河岸を歩いて、「精養軒ホテル」の小さな看板を見つけます
- ホテルは普請中(工事中)で、ほとんど休業同然。大工の釘を打つ音や手斧の音がひびいています。給仕は「五時には職人が帰ってしまいますから」と言いました
- 案内された部屋は、二人で食事をするのにちょうどよい広さ。アザレアやシャクナゲの盛花をはさんで、二人分の食器が向かいあわせに置いてありました
「待っている」気がしない
- 約束の時刻まで30分。渡辺は葉巻に火をつけます
- ふしぎなことに、渡辺には「人を待っているという心持が少しもしない」。花籠の向こうにどんな顔があらわれようと、ほとんどかまわないくらいでした。渡辺は、なぜこんなに冷淡な気持ちでいられるのかと、自分でもふしぎに思います
- 壁には、梅に鶯、浦島太郎、鷹など、たまたま集まったような掛け物がかかっていました。渡辺は思います。「日本は芸術の国ではない」

プレ男人を待っているのに、どうでもいい、って…。何があったんだろう。
褐色の大きな目
- 足音がして、待っていた人が来ました。大きな麦わら帽子に、ねずみ色の長い上着。ブリュネットの女の、褐色の大きな目。「この目は昔たびたび見たことのある目である」。けれど、目のふちの紫がかった濃いくまは、昔はなかったものでした
- 「長く待たせて」——ドイツ語です。女は、給仕の前でお芝居をするように、手袋の指先をさしだしました
- 女は、去年の暮れからウラジオストクのホテルの舞台で歌っていて、おととい東京に来たのでした
- 一人ではありません。「コジンスキイが一しょなの」。ポーランド人の伴奏者です。「歌うのはわたしで、コジンスキイは伴奏をするだけ」と言いながら、「二人きりで旅をするのですもの。まるっきりなしというわけにはいきませんわ」とも言います
「日本はまだ普請中だ」
- これからどうするのかとたずねると、女は「アメリカへ行くの。日本は駄目だって、ウラヂオで聞いて来たのだから」
- 渡辺は答えます。「それがいい。ロシアの次はアメリカがよかろう。日本はまだそんなに進んでいないからなあ。日本はまだ普請中だ」
- 「あなた官吏でしょう」「うむ。官吏だ」「お行儀がよくって」「おそろしくいい。本当のフィリステル(俗物)になりすましている。きょうの晩飯だけが破格なのだ」
「ここは日本だ」
- 女は手袋をぬいで、テーブルごしに右の手をさしだしました。渡辺は、まじめにその手をしっかり握ります。手は冷たい。そして女の大きな目が、じっと渡辺を見つめました
- 「キスをして上げてもよくって」
- 渡辺は、わざとらしく顔をしかめて言いました。「ここは日本だ」
- 食事が始まり、二人は意味のない話をします。シャンパンがつがれたとき、女は突然言いました。「あなた少しも妬んではくださらないのね」。昔、劇場がはねたあと、料理屋で向かいあって、怒ったり仲なおりしたりした昔を、思い出さずにはいられなかったのです
- 渡辺は、シャンパンの杯を盛花より高くあげ、はっきりした声で言いました。「Kosinski soll leben!」(コジンスキイ、ばんざい!)
- 凝りかたまったような微笑で、黙って杯をあげた女の手は、「人には知れぬほど顫っていた」

メル美乾杯の言葉が、彼女の新しい恋人の名前…。冷たいふりをしているのは、渡辺のほうも同じなのかもしれないね。
銀座を走る一輛の車
- まだ8時半ごろ。灯火の海のような銀座通りを横切って、ベールに深く顔をつつんだ女をのせた、一輛のさびしい車が、芝のほうへかけて行きました

『普請中』で渡辺は、女の「キスをして上げてもよくって」に「ここは日本だ」と答え、杯をあげて女の新しい恋人の名をよびます。黙って杯をあげた女の手は、人には知れぬほどふるえていた、と書かれています。
まとめ
- 『普請中』は、森鴎外の短編(明治43年6月『三田文学』)
- 工事中の精養軒ホテルで、参事官の渡辺は、ドイツ語で話す昔の恋人と再会する
- 渡辺は「待っている気がしない」ほど冷ややか。「日本はまだ普請中だ」「ここは日本だ」
- 「あなた少しも妬んではくださらないのね」に、渡辺は女の新しい恋人の名で乾杯。女の手はふるえていた
- 鴎外のドイツの恋は『舞姫』、鴎外の恋の物語は『雁』、明治の異国の恋は芥川龍之介『舞踏会』もどうぞ
参考文献
- 森鴎外. 普請中(底本:『日本の文学2 森鴎外(一)』中央公論社). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card45255.html (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。