大人の教養An Evening of Culture

第三幕Act III — The Pleasure Quarters

京都の「五花街」の歴史祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東。北野天満宮の余材で建てた7軒の茶屋、秀吉が気に入った御手洗団子、出雲阿国の歌舞伎踊り、鴨川の大普請。それぞれの始まりと、舞妓・芸妓の修業

No.1452026年10月22日

京都には、祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東の5つの花街があり、「五花街」と呼ばれます。上七軒は室町時代中期に北野天満宮の再建の余材で7軒の茶屋が建てられたのが始まりとされ、宮川町は江戸初期の出雲阿国の歌舞伎踊りの時代に、先斗町は正徳2年(1712年)ごろの鴨川の大普請のあとにできた町が始まりとされます。祇園は明治14年(1881年)に京都府知事によって甲部と東に分けられました。舞妓は中学校卒業後に置屋に住みこみ、「仕込み」「見習い」を経てデビューします。公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)の公式サイトをもとにまとめました。

目次
  1. 5つの花街
  2. 北野天満宮のそば・上七軒
  3. 祇園甲部と祇園東:明治14年に2つに
  4. 宮川町:出雲阿国の時代から
  5. 先斗町:鴨川の大普請のあとに
  6. 舞妓の修業:「仕込み」「見習い」「見世出し」
  7. 芸妓:「立方」と「地方」
  8. まちを歩くときのマナー
  9. デートで話すなら
  10. まとめ

メル美京都の花街って、祇園だけじゃなくて5つあるんだって。

プレ男え、5つも?それぞれ何がちがうんだろう。

こんにちは、Dr. Taro です。 「色街の歴史」、今回は京都の五花街(ごかがい)です。京都の花街の芸能を支える公益財団法人 京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団)が、公式サイト「京の五花街」で、それぞれの花街の沿革と、舞妓・芸妓の修業を紹介しています。それをもとにまとめました。

※この記事は歴史の紹介です。お店の案内や、利用をすすめるものではありません。

5つの花街

おおきに財団によると、いま京都には5つの花街があり、まとめて「五花街」と呼んでいます。

花街 場所 舞踊の流派 春の公演 紋章
祇園甲部 東山区。八坂神社の門前 京舞井上流 都をどり 八個のつなぎ団子に「甲」の字
宮川町 東山区。鴨川の東岸 若柳流 京おどり 三つ輪
先斗町 中京区。鴨川の西岸の細い通り 尾上流 鴨川をどり(5月) 千鳥
上七軒 上京区。北野天満宮の近く 花柳流 北野をどり 五つ団子
祇園東 東山区。四条通の北側 藤間流 (秋に「祇園をどり」) 八個のつなぎ団子

北野天満宮のそば・上七軒

プレ男秀吉が団子を気に入ったから、紋章が団子なんだ!

祇園甲部と祇園東:明治14年に2つに

宮川町:出雲阿国の時代から

先斗町:鴨川の大普請のあとに

メル美同じ京都でも、神社の門前、歌舞伎、川の工事…始まりがぜんぜんちがうんだね。

舞妓の修業:「仕込み」「見習い」「見世出し」

おおきに財団によると、舞妓は、本来は芸妓になるために修業中の少女のことです。

芸妓:「立方」と「地方」

京都の五花街は、上七軒・祇園甲部・宮川町・先斗町・祇園東の5つで、それぞれ始まりも舞踊の流派もちがいます。舞妓はいま、中学校卒業後から置屋に住みこみ、「仕込み」「見習い」を経てデビューします。

まちを歩くときのマナー

おおきに財団は、五花街のまちを楽しむときのお願いとして、次のような迷惑行為を控えるよう呼びかけています。

デートで話すなら

江戸時代の京都の花街は京都・島原の歴史、金沢の茶屋町はひがし茶屋街の歴史で紹介しています。

まとめ


参考文献

  1. 公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団). 京都花街オフィシャルサイト 京の五花街 五花街の紹介・沿革. https://www.ookinizaidan.com/kagai/ (閲覧日:2026年10月22日)
  2. 公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団). 舞妓について. https://www.ookinizaidan.com/kagai/maiko/ (閲覧日:2026年10月22日)
  3. 公益財団法人京都伝統伎芸振興財団(おおきに財団). 芸妓について. https://www.ookinizaidan.com/kagai/geiko/ (閲覧日:2026年10月22日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。