
プレ男『好色』って、題名がストレートすぎない?

メル美平安時代のモテ男が、ひとりの女性にふりまわされる話なの。読むと、ちょっと笑えて、ちょっと切ないよ。
今回は、芥川龍之介の短編『好色』です。青空文庫の本文(底本:筑摩書房『現代日本文学大系43 芥川龍之介集』)で読みました。初出は『改造』1921年(大正10年)10月、本文の末尾には「(大正十年九月)」とあります。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
「天が下の色好み」平中
- 冒頭には、『宇治拾遺物語』『今昔物語』『十訓抄』から、平中についての短い一文が引かれています
- 主人公は平の貞文。平の好風の3人の子の次男なので「平中」と渾名された、と芥川は書きます。「わたしのDonJuanの似顔である」
- 下ぶくれの顔、男にはめずらしい餅肌、細い目にはいつも微笑。けれどその微笑は、遠い何物かに向けられた微笑であり、「手近い一切に、軽蔑を抱いた微笑」でもありました
二十通の手紙
- 平中が恋しているのは、本院の大臣の屋敷に仕える女房、侍従。初午の朝、車に乗ろうとする姿をちらりと見かけたのが始まりでした
- 平中は自分で言います。「おれが文をつけた女は、大抵は三度目に靡いてしまふ。たまに堅い女があつても、五度と文をやつた事はない」
- ところが侍従には、1か月ばかりで20通も書いたのに、返事がない。きょうの手紙には、「せめては唯見つとばかりの、二文字だに見せ給へ」(せめて「見た」という二文字だけでも見せてください)と書きました
「見つ」の二文字
- そこへ、ついに侍従からの返事が届きます。平中がおそるおそる開くと——
- 貼りつけてあったのは、平中が送った手紙から「見つ」の二文字だけを切りぬいたものでした
- 「ああ、ああ、天が下の色好みとか云はれるおれも、この位莫迦にされれば世話はないな」

プレ男自分の手紙から切りぬいて返す!侍従さん、うわてすぎる…。
雨の夜
- 2か月ほどのち、長雨のつづく夜。こんな大雨の中を出かければ、いくらつれない侍従でもあわれに思うだろう——平中は侍従の局へ忍んでいきます
- 取り次ぎの女の童の返事は、「今に皆様が御休みになれば、御逢ひになるさうでございますから」。平中は「やつぱりおれは智慧者だな」とにやにや
- もう60通ばかりも返事をもらえなかったのに、と不安になったり、雨の名前を並べて気をまぎらせたり。やがて遣戸の懸け金をはずす音がして、平中は暗闇の部屋で侍従を見つけます
- そのとき侍従は言いました。「お待ちなさいまし。まだあちらの障子には、懸金が下してございませんから、あれをかけて参ります」
- 向こうで、かちりと懸け金をおろす音。けれど、侍従は戻ってきません。障子には、部屋の外から厳重に懸け金がかけられていたのです
- 「平中、平中、お前はもう天が下の色好みでも何でもない」
好色問答
- 平中の友人、義輔と範実が語りあいます
- 義輔は言います。平中のために、どれだけの女が泣き、どれだけの夫が苦しみ、親が腹を立てたか。「ちつとは懲らしてやる方が好い」
- 範実は反論します。平中は「天才」だ。どれだけの女が平中のために、無上の歓喜を味わい、生きがいを感じたか。そして、平中の心にはいつも「人倫を絶した美人の姿」がうかんでいて、世間の女にその美しさを見ようとする。けれど二、三度会えば、その蜃気楼はこわれてしまう。だから女から女へ移っていくのだ。「兎に角仕合になる為には、御同様凡人が一番だよ」

メル美理想の美しさを追いかけて、会うたびに幻が壊れる…。モテ男も、じつは不幸なのかもね。
「浅間しい所」を見つける
- 侍従を忘れようと、平中は神仏に祈ります。けれど、加茂の社では御鏡に侍従の顔がうつり、清水の寺では観世音菩薩の姿さえ侍従に変わってしまう。このままでは「焦れ死に」してしまう
- 平中は考えます。侍従を忘れる手段は、ひとつしかない。あの女の浅ましい所を見つけること。侍従も天人ではないのだから、と
- そこへ、侍従の局の女の童が、扇のかげに筐(はこ)をかくしてやってきます。侍従の用を足したものを捨てにいくのにちがいない——平中は筐をひったくり、空き部屋にとびこんで懸け金をおろしました
蒔絵の筐の中
- 筐は、意外にも精巧な、真新しい蒔絵。この中に侍従の汚いものがある。同時に、自分の命もある——平中は迷ったすえ、ついに蓋をとります
- ところが、鼻をうったのは丁子の匂。中の水も、沈んでいるものも、かぐと飛びきりの沈香の匂い。かみしめてみると、苦味のまじった甘さと、橘の花よりも涼しい匂いが口いっぱいに広がりました
- 「侍従は何処から推量したか、平中のたくみを破る為に、香細工の糞をつくつたのである」
- 「侍従!お前は平中を殺したぞ!」——平中はたおれ、その半死の瞳には、金色の光にかこまれてほほ笑みかける侍従の姿がうかんでいた、と小説は結ばれます

『好色』の平中は、侍従を忘れるために、その「浅間しい所」を見つけようとします。けれど侍従は、平中のたくらみを見ぬいたように、筐の中身を香の細工物にしていました。
まとめ
- 『好色』は芥川龍之介の短編。初出は『改造』1921年10月
- 主人公は「天が下の色好み」平中(平の貞文)。宇治拾遺物語・今昔物語などに出てくる人物
- 本院の侍従への手紙は60通。返事は、平中の手紙から切りぬいた「見つ」の二文字
- 雨の夜、「懸金をかけて参ります」と言った侍従は戻らず、障子は外から閉ざされていた
- 友人の好色問答:平中は女に理想の美を求めつづける「天才」で、だからこそ不幸だ
- 恋を忘れるために侍従の「浅ましい所」をさがした平中が見たのは、香細工。「侍従!お前は平中を殺したぞ!」
- 芥川の袈裟と盛遠、藪の中、舞踏会もどうぞ
参考文献
- 芥川龍之介. 好色(底本:『現代日本文学大系43 芥川龍之介集』筑摩書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card90.html (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。