
プレ男『袈裟と盛遠』って、人の名前?

メル美うん。人妻と、その夫を殺そうとする男。二人が、同じ夜にそれぞれ心の中を語る小説なの。
今回は、芥川龍之介の短編『袈裟と盛遠』(けさともりとお)です。青空文庫の本文(底本:ちくま文庫『芥川龍之介全集2』)で読みました。初出は『中央公論』1918年(大正7年)4月、本文の末尾には「(大正七年三月)」とあります。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、性的に相手を辱める行為、殺人の計画、自ら死をえらぶ決意がえがかれています。この記事では、性的な場面のくわしい描写はしません。
上下二つの独白
- 小説は「上」と「下」の二つだけ。地の文はほとんどなく、それぞれ一人の独白です
- 上:夜、築土(土塀)の外で、月を見ながら落ち葉を踏んで物思いにふける盛遠
- 下:夜、帳台の外で、灯火に背を向け、袖を噛んで物思いにふける袈裟
上 盛遠:「己の憎んでいない男を殺さなければならない」
- 「今までの己が一夜の中に失われて、明日からは人殺になり果てるのだと思うと、こうしていても、体が震えて来る」
- 盛遠が今夜殺すのは、袈裟の夫・渡左衛門尉。けれど、「己は今夜、己の憎んでいない男を殺さなければならない」。袈裟を妻にしたい一心で歌の稽古までしたという生真面目な侍を、盛遠は「いじらしく」さえ思っています
- 盛遠は、袈裟がまだ嫁ぐ前から彼女を愛していた——「あるいは愛していると思っていた」。三年ぶりに、渡辺の橋の供養で偶然めぐりあい、半年かけて忍びあう機会をつくりました
- けれど、再会した袈裟の容色はおとろえていた。それでも関係をもったのは、夫への愛を誇張して話す袈裟の「嘘」をあばきたい征服心と、「欲望のための欲望」のためだった、と盛遠は自分を責めます。「と云うよりも袈裟を辱めた」
「渡を殺そうではないか」
- 泣きふしている袈裟を見て、盛遠は憎しみさえ感じた。そして、その耳に口をつけて、ささやいたのです。「渡を殺そうではないか」
- なぜそう言ったのか、盛遠自身にもわからない。袈裟を蔑めば蔑むほど、さらに辱めたくなったのかもしれない、と
- 袈裟は、しばらくして顔をあげ、素直に承知しました。その目には、「今までに一度も見えなかった不思議な輝き」が宿っていた
- 盛遠が日と時刻を決めて約束したのは、断れば袈裟に復讐されるという恐怖からだった——と盛遠は言います。けれど最後に、こう問いかけるのです。「己はあの女を蔑んでいる。恐れている。憎んでいる。しかしそれでも猶、それでも猶、己はあの女を愛しているせいかも知れない」
- どこかで今様を歌う声がします。「げに人間の心こそ、無明の闇も異らね、ただ煩悩の火と燃えて、消ゆるばかりぞ命なる」

プレ男蔑んでいる、恐れている、憎んでいる、でも愛しているのかも…。自分でも自分がわからなくなってる。
下 袈裟:「あの人は必ず、来る」
- 「あの人は来るのかしら、来ないのかしら」
- 袈裟は言います。「あの人は私を怖がっている。私を憎み、私を蔑みながら、それでも猶私を怖がっている」。だから、あの人の「利己心が起させる卑しい恐怖」を頼みにしている。あの人はきっと来る、と
- 三年前の袈裟は、自分の美しさを何よりも頼みにしていました。けれど再会した日、「たった一目見たばかりで、あの人の心に映っている私の醜さを知ってしまった」
- その寂しさに震えながら、袈裟は、愛してもいない、自分を蔑んでいる盛遠に身をまかせてしまった。「恥しい。恥しい。恥しい」
夫の身代わりに
- 泣いているとき、耳もとでささやかれた「渡を殺そうではないか」。それを聞いた袈裟は、「不思議に生々した心もち」になります
- 約束をむすんだとき、袈裟は初めて、夫の微笑した顔を思い出しました。そのとき、袈裟のもくろみが胸にうかびます。袈裟はもう、夫の身代わりになって死ぬ覚悟を決めていたのです
- けれど袈裟は、自分の心をさらにのぞきこみます。「私は夫のために死ぬのではない。私は私のために死のうとする」。心を傷つけられた口惜しさと、体を汚された恨めしさのために。そして、夫の身代わりという名のもとで、盛遠の憎しみと蔑みに仇をとろうとしているのだ、と
- 「明日の日は、必ず、首のない私の死骸の上に、うすら寒い光を落すだろう」
- 「昔から私にはたった一人の男しか愛せなかった。そうしてその一人の男が、今夜私を殺しに来るのだ」
- 袈裟は灯火を吹き消します。ほどなく、暗闇の中でかすかに蔀を開く音。うすい月の光がさす——小説はここで終わります

メル美袈裟が「たった一人の男しか愛せなかった」と言うその人が、今夜、彼女を殺しにくる…。

『袈裟と盛遠』は、上下二つの独白でできています。盛遠は「それでも猶、己はあの女を愛しているせいかも知れない」と言い、袈裟は「私は夫のために死ぬのではない。私は私のために死のうとする」と語ります。
まとめ
- 『袈裟と盛遠』は芥川龍之介の短編。初出は『中央公論』1918年4月
- 「上」は盛遠、「下」は袈裟の独白。どちらも、殺人の約束の夜
- 盛遠:「己の憎んでいない男を殺さなければならない」「それでも猶、己はあの女を愛しているせいかも知れない」
- 袈裟:「あの人の心に映っている私の醜さ」を知り、夫の身代わりに殺される覚悟を決める
- 「私は夫のために死ぬのではない。私は私のために死のうとする」
- 芥川の藪の中、舞踏会、愛と憎しみの独白は太宰の駈込み訴えもどうぞ
参考文献
- 芥川龍之介. 袈裟と盛遠(底本:『芥川龍之介全集2』ちくま文庫、筑摩書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card75.html (閲覧日:2026年10月12日)
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