
メル美太宰治の『駈込み訴え』は、ひとりの男が、ずっとしゃべりつづけるだけの小説なんだって。

プレ男しゃべるだけ?それで何が起きるの?
今回は、太宰治の短編『駈込み訴え』です。青空文庫の本文(底本:新潮文庫『走れメロス』)で読みました。初出は『中央公論』1940年(昭和15年)2月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
「申し上げます。申し上げます」
- 小説は、こう始まります。「申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。」
- 語り手は、「旦那さま」のもとへ駈けこんできた男。地の文はなく、最後まで、この男の訴えだけがつづきます
- 「私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい」
- 「あの人」は、男の「師」であり「主」。けれど、年は同じ三十四。「私は、あの人よりたった二月おそく生れただけなのです」
「銀三十」
- 男は、きのう町の物売りから聞いたといいます。祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭に集まって、あの人を殺すことを決めた。群集の前で捕らえると暴動がおこるかもしれないので、あの人が弟子たちだけでいるところを知らせた者には「銀三十」をあたえる——
- 「あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為そう」
やりくりしてきたのは、私だ
- 男は、まくしたてます。説教のあとで群集から賽銭を集め、物持ちから供物をとりたて、宿の世話から毎日の衣食まで、自分がやりくりしてきた。それなのに、あの人も弟子たちも、ひとことのお礼も言わない
- 五つのパンと二匹の魚しかないときに、目の前の大群集みなに食べ物をあたえよ、などと無理を言われ、陰で苦しいやりくりをしてきた。「謂わば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品の助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ」
- ペテロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレ、トマス——ほかの弟子たちは「痴の集り」。天国が近づいたら右大臣・左大臣にでもなるつもりか、と

プレ男裏方の苦労を、だれもわかってくれない…っていう怒りなんだ。
「私はあなたを愛しています」
- けれど、男の話はすぐに、べつのものに変わっていきます。「私はあの人を、美しい人だと思っている」
- 一度だけ、春の海辺で、あの人が男の名を呼び、「おまえの寂しさは、わかっている」と言ってくれたことがあった。男は声を出して泣きたくなります
- 「私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています」
- 男の願いは、あの人が弟子たちからも説教からも離れて、母のマリヤ様と自分と3人で、自分の村の桃畑のある家で静かに暮らすこと
- 「あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる」
香油と、嫉妬
- 6日前、ベタニヤのシモンの家での食事のとき、マルタの妹のマリヤが、ナルドの香油をあの人の頭に注ぎ、自分の髪で両足をぬぐいました
- 男は「三百デナリもする」油をむだにするな、と怒鳴ります。けれどあの人は「この女を叱ってはいけない」「この女が私のからだに香油を注いだのは、私の葬いの備えをしてくれたのだ」と言い、その頬は少し赤らんでいました
- 男は、あの人がこの娘に「恋、では無いが……それに似たあやしい感情を抱いたのではないか」と思います。そして、こう口走ります。「旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった!あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう」
- 「ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ」。そのときから、男は、あの人を「いっそ私の手で殺してあげよう」と思うようになりました

メル美憎いのか、愛しているのか、本人にももうわからなくなっているね…。
驢馬と、最後の夕餐
- エルサレムへ向かうとき、あの人は老いぼれた驢馬に乗り、予言のとおりの姿だと弟子たちに教えます。群集は着物や棕櫚の枝を道に敷き、「ホサナ」と熱狂しました。男には、それが「あわれな姿」に見えます。「花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪らなければならぬ」
- 二階座敷の夕餐で、あの人は「おまえたちのうちの、一人が、私を売る」と言い、ひとつまみのパンを、男の口に押しあてました
- 男は料亭を走りでて、夕闇の道をひた走りに走り、ここへ駈けこんできたのです。「あの人はいま、ケデロンの小川の彼方、ゲッセマネの園にいます」
「私の名は」
- 夜に鳴く小鳥の声が、耳について「うるさい」。男は言います。「今夜これから私とあの人と立派に肩を接して立ち並ぶ光景を、よく見て置いて下さいまし」
- 差しだされたお金。「いや、お断り申しましょう」——「いいえ、ごめんなさい、いただきましょう。そうだ、私は商人だったのだ」
- 「私は、あの人を愛していない。はじめから、みじんも愛していなかった。……私は、金が欲しさにあの人について歩いていたのです」
- そして最後に、男は名のります。「申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。」

『駈込み訴え』は、地の文がなく、駈けこんだ男の訴えだけでできています。「私はあなたを愛しています」と「あの人を殺して下さい」が入りまじり、最後に男は「イスカリオテのユダ」と名のります。
まとめ
- 『駈込み訴え』は太宰治の短編。初出は『中央公論』1940年2月
- 「申し上げます。申し上げます。旦那さま」——駈けこんだ男の訴えだけで書かれた小説
- 師である「あの人」と同じ34歳。やりくりの苦労をわかってもらえない怒り
- 「私はあなたを愛しています」「手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる」
- 香油を注いだマリヤへの嫉妬。「ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ」
- 「銀三十」を受けとり、最後に名のる——「イスカリオテのユダ」
- 太宰のヴィヨンの妻、葉桜と魔笛、語りだけで進む芥川の藪の中もどうぞ
参考文献
- 太宰治. 駈込み訴え(底本:『走れメロス』新潮文庫、新潮社). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card277.html (閲覧日:2026年10月12日)
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