
メル美太宰治の『ヴィヨンの妻』って、題名は聞いたことあるけど、どんな話なの?

プレ男ダメな詩人の夫と、強い妻の話らしいよ。
今回は、太宰治の短編『ヴィヨンの妻』です。青空文庫の原文(底本:新潮文庫『ヴィヨンの妻』新潮社)で読みました。物語は、妻の「私」が語る形で進みます。
※この話には、暴力をちらつかせる場面、性的な被害、「死にたい」という言葉がえがかれています。この記事では、くわしい描写は省いています。
深夜の訪問者
- 「私」の夫・大谷は、詩人です。家にはほとんど帰らず、帰るときはいつも泥酔しています。来年4つになる坊やは小さく、熱を出してばかり。家にはお金も、火の気もありません
- ある深夜、めずらしくやさしい声で帰ってきた夫のあとから、「大谷さん!いらっしゃるんでしょう?」と、男女の二人づれがたずねて来ます
- 夫は「ゆすりだ」と言いはり、ジャックナイフをちらつかせて、外へ飛び出していきました
- 「私」は、はだしで土間におりて、追いかけようとする男を抱いてとめ、こう言います。「およしなさいまし。どちらにもお怪我があっては、なりませぬ。あとの始末は、私がいたします」
小料理屋の夫婦の話
- 二人は、中野駅の近くで小さな料理屋をいとなむ夫婦でした。昭和19年の春、大谷が初めて店に来て、百円札を一枚置いていったのが、あとにもさきにも一度きりの支払い。それから3年間、ほとんど一銭も払わずに飲みつづけていたのです
- そして今夜、大谷は、年の暮れのために集めた5千円の札束を、店の引き出しからわしづかみにして逃げたのでした
- あきれた話を聞きながら、「私」は、わけのわからないおかしさがこみあげて、声をあげて笑ってしまいます。夫の詩にある「文明の果の大笑い」とは、こんな気持ちのことかしら、と

プレ男3年間タダ酒で、最後はお金を持って逃げる…。笑うしかないってことなのかな。
「人質」になって、店で働く
- 翌朝、「私」は坊やを背負って家を出ます。電車の中吊りの雑誌の広告に、夫の名前と「フランソワ・ヴィヨン」という論文の題を見つけて、なぜか、つらい涙がわいてきました
- そのまま中野の店へ行った「私」は、思いがけない嘘をすらすらと言います。「お金は返せる見込みがついた。届けてくれる人があるから、それまで私は人質になってお店を手伝う」
- エプロンを借りて、くるくると立ち働く「私」に、店は活気づきます。そしてその夜、クリスマスの仮面をつけた夫が、きれいな女性と二人で店にあらわれました。女性がお金を立てかえ、5千円は返されたのでした
- 「これまでのが全部でいくら?」とたずねると、主人は「二万円」。「私」は言います。「おじさん、あすから私を、ここで働かせてくれない?」
「椿屋のさっちゃん」
- 次の日から、「私」は「椿屋のさっちゃん」として店で働きはじめます。髪を整え、化粧をし、生活は「浮々した楽しいもの」になりました
- 夫も、ときどき店に来て飲み、夜おそく「帰りませんか」と声をかけて、いっしょに帰ることもありました
- 「なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ」と「私」が言うと、夫は「女には、幸福も不幸も無いものです」「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」と答えます
- 夫は、「死にたくて、仕様が無いんです」とも、「おそろしいのは、この世の中のどこかに神がいる、ということなんです」とも言いました
「生きていさえすればいいのよ」
- 店に通ううちに、「私」には、客も、道を歩く人も、みな何かうしろ暗いことをかくしているように思えてきます
- そして正月の末、「私」は、店の客から性的な被害を受けます
- その翌日も、「私」は坊やを背負って店に出ました。土間では、夫がひとりで新聞を読んでいます。夫は、新聞に自分の悪口が書かれていると言い、去年の暮れに5千円を持ち出したのは、「さっちゃんと坊やに、あのお金で久し振りのいいお正月をさせたかったからです」「人非人でないから、あんな事も仕出かすのです」と言いました
- 「私」は、格別うれしくもなく、こう答えます。「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」

メル美最後のひとこと、強いね。でも、強くならざるをえなかった、とも読めるよ。

『ヴィヨンの妻』の最後、自分を「人非人ではない」と言う夫に、妻は「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と答えています。
まとめ
- 『ヴィヨンの妻』は、太宰治の短編。妻の「私」が語る
- 詩人の夫・大谷は、中野の小料理屋で3年間ほとんど払わずに飲み、ついに5千円を持って逃げる
- 「あとの始末は、私がいたします」——妻は嘘をついて店で働きはじめ、「椿屋のさっちゃん」に
- 夫「男には、不幸だけがあるんです」、そして「死にたくて、仕様が無いんです」
- 最後に妻は「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」
- 太宰治のほかの作品は『葉桜と魔笛』、ダメな夫と強い妻は織田作之助『夫婦善哉』もどうぞ
- 性暴力の被害や、つらい気持ちが続くときは、ひとりでかかえこまずにこころの相談先へ
参考文献
- 太宰治. ヴィヨンの妻(底本:『ヴィヨンの妻』新潮文庫、新潮社). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2253.html (閲覧日:2026年10月12日)
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