
プレ男『藤十郎の恋』って、歌舞伎役者の恋の話なの?

メル美恋といっても、芸のための「偽りの恋」なんだって。菊池寛の戯曲だよ。
今回は、菊池寛の戯曲『藤十郎の恋』です。青空文庫の原文(底本:『菊池寛 短篇と戯曲』文芸春秋)で読みました。歌舞伎の楽しみ方は歌舞伎の楽しみ方の記事でも紹介しています。
※この話には、人が自ら命を絶つ場面があります。
時と所と人物
- 時は元禄10年ごろ、所は京都・四条河原の中島
- 坂田藤十郎:都万太夫座の座元で、「三が津総芸頭」とたたえられた名人。とくに遊女を買う「傾城買」の役では「日本無類」とされていました
- 霧浪千寿:同じ座の立女形(女役の中心の役者)。美しい若い役者です
- お梶:芝居茶屋・宗清の女房。40歳近い美しい人です
第一場:近松からの手紙
- 2月の末の晩、宗清の大広間で、役者たちの宴会が開かれています
- そこへ、近松門左衛門から藤十郎に急ぎの手紙がとどきます。今度の狂言で、江戸の役者に負けては、京歌舞伎の名折れになる、油断なく工夫を——
- 今度の新作は、京で名高い大経師のできごとを取り入れた、人妻と道ならぬ恋をする「密夫」の狂言。まかりまちがえば、はりつけにもなる「命がけの恋」です
- 役者たちは、「傾城買なら日本一の藤十郎様が、密夫をどう演じるか」と盛りあがりますが、藤十郎はしだいに不機嫌に。「藤十郎は、生れながらの色好みじゃが、まだ人の女房と懇ろした覚えはござらぬわ」
- 藤十郎は、そっと席を立ちます

プレ男経験したことのない恋を演じなきゃいけない。名人でも悩むんだね。
第二場:離れ座敷の「懺悔」
- 離れ座敷で、藤十郎は台本を手に、ひとりで所作を考えますが、工夫がつきません。脇息にもたれて目を閉じていると、お梶が入ってきて、風邪をひかないようにと夜具をかけてくれました
- 藤十郎は、お梶の顔を見つめるうちに、その目がだんだんけわしくなります。そして、呼びとめました
- 「お梶どの、今日は藤十郎の懺悔を聴いて下されませぬか」——20年前、お梶が16、藤十郎が20の秋、祇園祭で二人いっしょに舞ったときから、あなたを思いそめていた。人妻になったあなたを慕うのは人の道ではないと抑えてきたが、自分も45、この恋を一言も打ち明けずに死ねない——
- けれど、ト書きはこう書きます。声だけは激しい熱情にふるえているのに、藤十郎は「恋をする男とは、どうしても受取れぬほどの澄んだ冷たい目付き」で、女のようすを見つめている。「瞳だけは刃のように澄み切っている」
- お梶は泣きふし、やがて顔をあげて、「それでは藤様、今おっしゃったことは皆本心かいな」。そして、そばの絹行燈の灯を吹き消しました
- 闇の中、藤十郎は、ふるえる足でお梶のそばまで歩みよります。けれど、そのままするりと横を通りぬけ、廊下へ出て、障子を閉めて逃げ去ってしまいました。「藤様!藤様!」——お梶は障子にすがって泣きくずれます

メル美お梶さんは、命がけで心を決めたのに…。これは、ひどすぎるよ。
第三場:大入りの楽屋で
- 7日ほどたった都万太夫座の楽屋。新しい狂言は大入りで、「密夫の身のこなしが、とんとたまらぬ」と評判です
- 楽屋では、「藤十郎は工夫のために、ある茶屋の女房に恋をしかけ、なびくと見て逃げたらしい」といううわさが広がっていました
- 楽屋に来たお梶は、からかわれても、つつましく答えます。「偽りにもせよ、藤十郎様の恋の相手に、一度でもなれば、女子に生まれた本望でござりますわい」
- うわさを聞かされた藤十郎は、笑って打ち消します。「心得がのうても、心得のあるように真実に見せるのが、役者の芸じゃ」
- そして舞台へ向かおうとしたとき、楽屋がさわぎだします。お梶が、楽屋で自ら命を絶ったのでした
- 「人気に傷がつく」とあわてる座の人々に、藤十郎は言います。「藤十郎の芸の人気が女子一人の命などで傷つけられてよいものか」。そして千寿の手をとって舞台へ急ぎますが、一度引き返して亡骸を見つめ、ついに思い決したように舞台へ。幕が下ります

『藤十郎の恋』の藤十郎は、熱っぽい言葉で口説きながら、目だけは「刃のように澄み切って」いた、とト書きは書いています。芸のための偽りの恋が、一人の女性の命をうばう物語です。
まとめ
- 『藤十郎の恋』は、菊池寛の三場の戯曲。舞台は元禄10年ごろの京都
- 名優・坂田藤十郎は、近松門左衛門の新作の「密夫」の役に悩む
- 茶屋の女房お梶に「20年来の恋」を打ち明けるが、目は「刃のように澄み切って」いた。お梶が灯りを消すと、藤十郎は逃げ去る
- 狂言は大入り。うわさを知ったお梶は楽屋で命を絶ち、藤十郎は「芸の人気が女子一人の命などで傷つけられてよいものか」と言いながら、舞台へ向かう
- 近松の恋の物語は曾根崎心中、芸と愛の物語は谷崎潤一郎『春琴抄』もどうぞ
- 物語の中のことでも、つらい気持ちが続くときは、ひとりでかかえこまずにこころの相談先へ
参考文献
- 菊池寛. 藤十郎の恋(底本:『菊池寛 短篇と戯曲』文芸春秋). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card503.html (閲覧日:2026年10月12日)
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