大人の教養An Evening of Culture

第六幕Act VI — The Archive

ホームステッド法(1862年)5年住んで耕せば、160エーカーの土地が自分のものに。手数料は10ドル、合衆国に武器を向けたことのない人なら申請できた。でも、5億エーカーのうち入植者にわたったのは8,000万エーカーだけ——米国立公文書館で読む

No.0842026年10月12日

南北戦争中の1862年5月20日に成立したホームステッド法。米国立公文書館によれば、合衆国政府に武器を向けたことのない成人の市民(または市民になる意思を示した人)は、測量ずみの政府の土地160エーカーを申請でき、5年間住んで耕せば、わずかな登録料だけでその土地を自分のものにできました。西部への入植を早めたこの法律は、しかし「貧困の万能薬」にはなりませんでした。農場をつくる道具や種や家畜を買える人は多くなく、あいまいな条文は不正をまねき、土地の多くは投機家や牧畜業者、鉄道へ。米国立公文書館の解説と条文で紹介します。

目次
  1. 1862年5月20日
  2. だれが申請できたか(第1条・第2条)
  3. 5年住んで、耕して
  4. 「貧困の万能薬」にはならなかった
  5. まとめ

プレ男5年住めば土地がもらえる法律があったの?夢みたいだ!

メル美19世紀のアメリカのホームステッド法だね。でも、思ったとおりにはいかなかったみたい。

この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Homestead Act (1862)」と、そこに掲載された法律のトランスクリプトで確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。

1862年5月20日

だれが申請できたか(第1条・第2条)

プレ男「武器をとったことがない人」って条件、南北戦争中だからなんだね。

5年住んで、耕して

「貧困の万能薬」にはならなかった

メル美土地があっても、道具や種を買うお金がないと、農場ははじめられないんだね。

米国立公文書館によれば、ホームステッド法は5年間住んで耕せば160エーカーの公有地を与えるものでしたが、1862年から1904年までに分配された約5億エーカーのうち、入植者にわたったのは8,000万エーカーだけでした。

まとめ


参考文献

  1. U.S. National Archives. Homestead Act (1862). https://www.archives.gov/milestone-documents/homestead-act (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。