
プレ男アラスカを買った話のほかにも、アメリカが土地を「買った」話があるの?

メル美もっと大きな買い物があったの。ルイジアナ買収だよ。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Louisiana Purchase Treaty (1803)」で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。
1500万ドルで国土を倍に
- 1803年4月30日にフランスと結んだこの取引で、アメリカは、ミシシッピ川の西の82万8,000平方マイルの土地を、1500万ドルで買いました
- 「1エーカーあたりおよそ4セントで、アメリカは国の大きさを倍にし、国を西へと広げた」と解説は書いています
港だけのつもりが
- もともと、交渉にあたったロバート・リヴィングストンとジェームズ・モンローに認められていたのは、ニューオーリンズの港とフロリダだけのために、フランスに1000万ドルまで払う権限でした
- ところが、2人にもちかけられたのは、ルイジアナの全域。解説によれば、それは「イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルを合わせたより広い」土地でした
- アメリカの交渉団は、すぐに1500万ドルの価格に同意しました

プレ男港を買いにいったら、ヨーロッパの国々より広い土地をすすめられた!
ジェファーソンの迷い
- トーマス・ジェファーソン大統領は、ふだんは憲法を厳格に解釈する人で、合衆国政府(とくに大統領)に新しい領土を手に入れる権限があるのか、疑問に思っていました
- けれど、大陸全体へ国を広げたいという願いが、その考えにまさります。ナポレオンが申し出を撤回するおそれもあり、ジェファーソンは迷いをおさえこみ、「想像もつかないほど豊かな土地」を手に入れる準備をした、と解説は書いています
拡大のはじまり
- ルイジアナ買収は、19世紀を通じてつづく一連の拡大の、最初の大きな土地の割譲でした。50年のうちに、ガズデン購入で、いまのアメリカ本土の国境がかたまった
- その後のアラスカ購入については、アラスカ購入の小切手へ
拡大がもたらしたもの
解説は、この買収の影の部分も書いています。
- 奴隷制をめぐる南北の対立:新しい準州や州ができるたびに、「自由州」と「奴隷州」の釣りあいを保つために、もろい妥協がくりかえされた(ミズーリ妥協、1850年の妥協など)。合意はしだいにむずかしくなり、ついに南北戦争はさけられないものになった
- 先住民の人々への影響:ルイジアナ買収は、先住民の人々への影響を考えなかった。割譲された土地には、何十もの部族の何千人もの人々が暮らしていた。東から西へ移る人が増え、衝突が起こり、やがて先住民の人々は保留地へ強制的に移され、広大な土地を失い、生き方を変えることを強いられ、宗教と文化を消し去ろうとされた

メル美「お買い得だった」だけの話じゃないんだね。そこに暮らしていた人たちがいたんだ。
条約の構成
- ルイジアナ買収の取り決めは、割譲条約と、取引の財政面についての2つの協定からなっている、と解説は書いています

米国立公文書館によれば、アメリカは1803年4月30日のフランスとの取引で、ミシシッピ川の西の82万8,000平方マイルを1500万ドルで買い、国土を倍にしました。解説は、その土地に暮らしていた先住民の人々への影響も記しています。
まとめ
- 1803年4月30日、アメリカはフランスからミシシッピ川の西の82万8,000平方マイルを1500万ドルで買った
- 1エーカーあたり約4セントで、国土は倍に
- 交渉団の権限は、ニューオーリンズの港とフロリダに1000万ドルまでだった
- 憲法を厳格に解釈するジェファーソンも、迷いをおさえて受けいれた
- 拡大は、奴隷制をめぐる南北の対立と、先住民の人々の土地と文化の喪失をもたらした
- アラスカ購入の小切手、アメリカ独立宣言、アメリカ合衆国憲法もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Louisiana Purchase Treaty (1803). https://www.archives.gov/milestone-documents/louisiana-purchase-treaty (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。