
メル美教科書でよく見る、ふくよかな女の人の小さな石像。あれが「ヴィレンドルフのヴィーナス」なんだね。

プレ男3万年前の人が作ったんでしょ?それなのに、石がどこから来たかまでわかったって、どういうこと?
今回は「ヴィレンドルフのヴィーナス」です。所蔵するウィーン自然史博物館の報道発表(2022年2月28日)と、その研究チームが科学誌『Scientific Reports』に発表した論文で確かめました。
プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 年代 | 約3万年前(論文)。博物館の発表では2万9500年前 |
| 時代 | 旧石器時代のグラヴェット文化 |
| 見つかった日・場所 | 1908年8月7日、オーストリア・ニーダーエスターライヒ州、ドナウ川の左岸のヴィレンドルフ(ヴァッハウ地方) |
| 素材 | 魚卵状石灰岩(ウーライト)。赤く塗られていた |
| 大きさ | 高さ110mm(11cm) |
| 所蔵 | ウィーン自然史博物館 |
1908年、ドナウ川のほとりで
- 論文によると、像は1908年8月7日、ドナウ川の左岸の遺跡「ヴィレンドルフII」で、ヨーゼフ・ソンバティが率いる発掘で見つかりました。発掘の監督にはフーゴー・オーバーマイアーとヨーゼフ・バイヤーがあたりました
- 博物館の発表では、これはウィーン自然史博物館の発掘でした
- 像が出た地層から、年代はおよそ3万年前とされています。どちらもグラヴェット文化の道具をともなう地層です
- ヴィレンドルフには、もっと古い、約4万3500年前から人が住んでいました。論文は、ヨーロッパで現生人類が住んだもっとも早い証拠のひとつで、ドナウ川の回廊が人類の広がりに大きな役目をはたしたことを示す、としています
- 同じ遺跡からは、もっと新しい時代の象牙の女性像(ヴィーナスII・III)も見つかっています
どんな像?
- 論文によると、高さはちょうど110mm。顔のない大人の女性で、強調された性器、張り出した腰、ふくらんだおなか、大きな胸、そして手のこんだ髪型か帽子が表されています
- 赤く塗られていて、おそらくオーカー(赤い土の顔料)でしたが、発見のときの洗浄でほとんど落とされてしまいました
- 博物館の発表によると、この像の意味や使い方には数えきれないほどの解釈があり、豊かさ(多産)の象徴と考えられることが多い、とされています

メル美もとは赤かったのに、見つけたときに洗って落としちゃったなんて…。
石が、まわりにない
- 材料は魚卵状石灰岩(ウーライト)。博物館の発表によると、浅い熱帯の海でできる、小さな石灰の粒が集まった石です
- この石は、ヴィレンドルフのまわりにはまったくありません。論文は、ウーライトで作られた旧石器時代の女性像はほかに知られていないとしています
- 発見者のソンバティも、材料はよそから持ちこまれたと考え、近くのウィーン盆地の石ではないかと推測していました
CTで、像の中をのぞく
- 像はとても貴重なので、1908年の発見から、削ったり割ったりする調査はできませんでした
- そこで、ウィーン大学の人類学者ゲルハルト・ウェーバー教授らが、マイクロCT(とても細かいX線CT)で中を調べました。最初の撮影は2013年1月8日、2016年3月22日には11.5マイクロメートルという、顕微鏡で見る薄片に近い細かさで撮影しています
- すると、中は均一ではなく、層になっていて、粒の大きさや密度もさまざま。貝のかけらや、褐鉄鉱(鉄の酸化物)の固まりが6つ入っていました
- 表面にある半球形のくぼみは、彫るときに、まわりより硬い褐鉄鉱の固まりがはずれたあとだと説明できました。おへそのくぼみも、はずれた固まりのあとを生かしたものかもしれない、と論文は書いています
- 中の貝を博物館の化石のコレクションとくらべると、石ができたのは約1億5000万年前(ジュラ紀)。博物館の発表は、恐竜がいた時代の石だとしています
- さらに、ウーライトの粒の芯が溶けて抜けていたため、石はすき間の多い軽い石になっていました。論文は、いまの気泡コンクリートのように彫りやすく、持ち運びやすいことが、この石が選ばれた大きな理由かもしれない、としています

プレ男像の中に、恐竜の時代の貝が入ってたんだ!
いちばん近いのは、ガルダ湖のそばの石
- 研究チームは、フランスからウクライナまで約2500km、ドイツからシチリアまでの各地のウーライトを集め、粒の大きさの分布をくらべました
- その結果、北イタリア・ガルダ湖の近くの「セーガ・ディ・アーラ」の石が、ヴィーナスの石と統計的に区別できないほどよく一致しました
- 論文と博物館の発表によると、これは、像か、その材料が、アルプスの南からドナウ川の北まで旅をしたことを意味します
- ウェーバー教授は博物館の発表で、グラヴェット文化の人々は住みやすい場所を求めて暮らし、気候や獲物の様子が変われば、川に沿って移動したのだろう、と話しています
- ただし、ウクライナ東部(ドネツ盆地)のイジュムの石も、2番目に近い候補として残りました。一致の度合いはイタリアの石ほどではありませんが、ウクライナやロシアにはこの像とよく似た女性像があり、道具の形にも共通点があるため、東から来た可能性も否定できないとされています
- どちらにしても、約3万年前の人々が、長い距離を移動していたことを示している、と論文はまとめています

2022年の論文によると、ヴィレンドルフのヴィーナスの石は、ヨーロッパ各地のウーライトの中で、北イタリア・ガルダ湖の近くの石ともっともよく一致しました。ただし、ウクライナ東部の石の可能性も残っています。
まとめ
- 1908年8月7日、オーストリア・ドナウ川のほとりのヴィレンドルフで見つかった、高さ110mmの女性の石像。約3万年前のグラヴェット文化
- 顔がなく、胸と腰が強調され、髪型か帽子が彫られている。もとは赤く塗られていた
- 材料の魚卵状石灰岩は、ヴィレンドルフのまわりにはない。ウーライトの旧石器時代の女性像はほかに知られていない
- マイクロCTで、中の貝のかけらと褐鉄鉱の固まりが見つかり、表面のくぼみのなぞも説明できた。石は約1億5000万年前のもの
- 石は、北イタリア・ガルダ湖の近くの石ともっともよく一致(ウクライナ東部の可能性も)。3万年前の人々の長い旅を示す
- 日本の女性の像は国宝土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」、科学で読みとかれた古代の遺物はネブラの天文盤、アンティキティラ島の機械もどうぞ
参考文献
- Weber GW, Lukeneder A, Harzhauser M, et al. The microstructure and the origin of the Venus from Willendorf. Scientific Reports. 2022;12:2926. doi:10.1038/s41598-022-06799-z. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8885675/ (閲覧日:2026年10月22日)
- Naturhistorisches Museum Wien(Presse & Marketing). Der Stein, aus dem die Venus von Willendorf ist(2022年2月28日、idw – Informationsdienst Wissenschaft 掲載). https://idw-online.de/de/news789171 (閲覧日:2026年10月22日)
- Natural History Museum Vienna. Prehistory(展示の案内). https://www.nhm.at/en/visit/exhibitions/prehistory (閲覧日:2026年10月22日)
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