
メル美「滝の白糸」って、お芝居の名前で聞いたことがある!

プレ男もとは泉鏡花の小説で、題は『義血侠血』っていうんだって。
今回は、泉鏡花の『義血侠血』です。青空文庫の本文(底本:角川文庫『高野聖』)で読みました。初出は『読売新聞』1894年(明治27年)11月1日〜30日の連載です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
青空文庫の図書カードの解説によると、この作品は翌1895年(明治28年)12月、川上音二郎一座が作者に無断で脚色し、『滝の白糸』の題で浅草座で上演して評判になり、その後、新派の当たり狂言として、また映画やテレビでも親しまれてきました。
※この作品には、強盗と殺人の場面、自ら死をえらぶ結末がえがかれています。この記事では、事件の場面のくわしい描写はしません。
乗り合い馬車と人力車の競走
- 越中の高岡から石動(いするぎ)まで、乗り合い馬車が走っています。七月八日の朝、その馬車に、二十三、四の、すごみのある美人が乗りこみました
- 馬車は人力車と競走になります。乗客たちが酒手(チップ)を集めると、その女はひとりで五十銭を出しました。けれど馭者(ぎょしゃ)の青年は「酒手で馬は動きません」とことわります
- ゴールの石動が近づいたとき、馭者は馬を一頭はずし、女をかかえて馬にまたがると、そのまま走りさってしまいました。女が気がつくと、石動の茶屋で介抱されていて、馭者はもういません。茶屋の女主人から、名前は「金さん」、人柄は「方正謹厳」で学問好きだと聞きました
金沢、天神橋の月夜
- 夏の金沢、浅野川の河原には見世物小屋がならびます。いちばんの評判は、滝の白糸の水芸(みずげい)。あの馬車の女が、その太夫だったのです
- ある夜十一時すぎ、白糸は天神橋の欄干にもたれて眠っている男を見つけます。あの馭者でした。自分の毛布をかけてやり、目をさました彼に、「自分の抱いた女を忘れるなんということがあるものかね」とからかいます
- 馭者は、あの競走のせいで人力車夫ともめ、会社をクビになっていました。金沢の士族の家に生まれ、父の死で学校をやめ、母を養うために馭者になったこと、ほんとうは法律を学びたいことを打ちあけます
「私が仕送ってあげようじゃありませんか」
- 白糸は言います。「私が仕送ってあげようじゃありませんか」。東京へ行って勉強しなさい、お母さんの世話もする、と
- 男は、恩を受けるなら返さなければならない、と迷います。白糸の答えは「私はおまえさんだから貢いでみたいのさ」「ぜひりっぱな人物にしてみたくってたまらないんだもの」
- それでも、ただ受けるのでは「乞食も同然だ」と言う男に、白糸は少し恥ずかしそうに望みを言いました。「おまえさんにかわいがってもらいたいの」。妻にしてくれというのではない、「ただ他人らしくなく、生涯親類のようにして暮らしたい」と
- 男は「よろしい。けっしてもう他人ではない」と答えます。名のりあうと、男は高岡の村越欣弥、女は水島友。欣弥はその夜のうちに、白糸からの三十円を手に旅立ちました

プレ男会って2回目で、学費を出すって決めちゃうんだ。

メル美お礼にほしいのは「親類のようにして暮らしたい」だけ、っていうのが切ないね。
3年の仕送り
- それまでの白糸は、親もきょうだいもなく、かせいだお金は気前よくまいてしまう人でした。けれど欣弥との約束から、「世話女房のお友」として、つましく働く人に変わります
- 富山、高岡、大聖寺、福井、ふるさとの新潟と、各地をまわって興行し、仕送りをつづけて3年。水芸は夏の芸で、冬はかせげないため、先の興行を前借りしてしのいでいました
- 翌年の初夏、金沢の興行のあと、福井の金主と契約して前借りをし、手もとに百円あまりを残します。欣弥母子の半年分の仕送りになるはずでした
- 欣弥は、じつはあと二、三か月で目的にとどくところまで来ていました。白糸はそれをたずねず、欣弥も言いませんでした
兼六園の夜
- 福井へ発つ前の夜、ひとり残った白糸は、兼六園で出刃庖丁を持った男たち五人におそわれ、欣弥のための百円をうばわれます
- 「なんの百ぐらい! 惜しくはないけれど、欣さんに済まない」。思いつめて池のほとりに立ったとき、賊が落としていった出刃庖丁と、ちぎれた浴衣の片袖を見つけ、警察にとどけようと拾います
- けれど、とどけても金がすぐもどるとはかぎらない。迷い歩くうちに、戸じまりを忘れた席貸し「六勝亭」の裏口から庭に入りこんでしまいます。白糸ははじめて「盗み」という手段に気づき、良心と悪意がたたかいます
- 「偸児(どろぼう)!」と声をかけられた瞬間、白糸は錯乱して、懐の出刃で主人を刺してしまいます。百円を出させたあと、取りかえそうとした妻も手にかけ、白糸は逃げだしました
法廷にいた人
- 事件のあと、片袖のない浴衣を着た出刃打ちの一味が捕まります。一味は、白糸の金はうばったが人は殺していない、と言いはります。ところが白糸は「金をうばわれた覚えはない」と言いはり、話は水かけ論になっていました
- 公判の前、高岡から金沢へ向かう乗り合い馬車に、立派な紳士とその老母が乗っていました。三年前の馭者「金公」、いまは金沢の裁判所に新しく来た検事代理・村越欣弥です
- 法廷で検事席の欣弥を見た白糸は、青ざめてうなだれます。欣弥もやつれた恩人のすがたに胸が張りさけそうになりながら、私情で職務を曲げられないと、こぶしをにぎります
- 欣弥は白糸に語りかけます。「水島友、村越欣弥が……本官があらためて訊問するが、裹まず事実を申せ」。名のある芸人がうそをつき、罪のない者に罪を負わせてよいのか、と
- 白糸の目は「にわかに清く輝き」、「実は奪られました」と答え、つづけて自分の罪も打ちあけました。作品は「法の一貫目は情の一匁なるかな」と書いています
結末
- 欣弥は私情をおさえて取り調べ、恩人を殺人犯として起訴します。裁判長は検事代理の請求をみとめ、白糸に死刑を言いわたしました
- 「一生他人たるまじ」と約束した欣弥は、その宣告の夕方、下宿の二階で自ら命を絶ちます

『義血侠血』の白糸は、仕送りのお礼に「生涯親類のようにして暮らしたい」とだけ望みました。法廷で、検事代理となった欣弥に語りかけられて事実を打ちあけた場面を、作品は「法の一貫目は情の一匁なるかな」と書いています。
まとめ
- 『義血侠血』は、泉鏡花の初期の作(1894年11月『読売新聞』連載)。のちに新派の『滝の白糸』として知られる
- 水芸の太夫・滝の白糸(水島友)は、元馭者の村越欣弥に、法律を学ぶための仕送りを申し出る。望みは「生涯親類のようにして暮らしたい」
- 3年の仕送りの末、学資の百円をうばわれた夜、白糸は罪をおかしてしまう
- 公判で検事代理となった欣弥に語りかけられ、白糸はすべてを打ちあける
- 欣弥は恩人を起訴し、白糸は死刑を言いわたされ、欣弥は同じ夕方に自ら命を絶つ
- 泉鏡花の作品は『高野聖』、『外科室』、『夜行巡査』もどうぞ
つらい気持ちのときは
- 作品には、自ら命を絶つ場面が出てきます。もし今、死にたい気持ちや、ひとりで抱えきれない悩みがあるときは、厚生労働省の「まもろうよ こころ」で、電話やSNSの相談窓口を探せます(つらいときの相談先)
参考文献
- 泉鏡花. 義血侠血(底本:『高野聖』角川文庫、角川書店、1971年改版。初出:『読売新聞』1894年11月1日〜30日). 青空文庫(図書カードの「作品について」の解説を含む). https://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card363.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 厚生労働省. まもろうよ こころ. https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/ (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。