
メル美ウエディングドレスが白になったのって、イギリスの女王さまがきっかけなんだって。しかもプロポーズしたのは女王のほうだったとか!

プレ男え、女性からプロポーズ?1800年代に?どんな2人だったんだろう。
こんにちは、Dr. Taro です。 「大人の教養」の男女の実話シリーズ、今回はヴィクトリア女王とアルバート公です。英国王室の公式サイトをもとにまとめました。「王冠を捨てた恋」のエドワード8世の、ひいおばあさんにあたる女王です。
18歳で女王に
- ヴィクトリアは、1819年5月24日、ロンドンのケンジントン宮殿で生まれました
- 1837年、おじのウィリアム4世が亡くなり、18歳で女王になりました。朝6時に母に起こされ、ガウン姿のまま、国王の死と即位を知らされたことが日記に残っています
- 絵を描くのが得意で、生涯日記をつけ続けた人でした
プロポーズしたのは女王
- お相手は、ドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ家のアルバート。ヴィクトリアのいとこです。2人は同じ助産師にとりあげられたという縁もありました
- アルバートは、音楽を通して思いを伝え、2人で二重奏を楽しんだといいます
- 王室のしきたりで、君主にプロポーズすることはできなかったため、ヴィクトリアがアルバートにプロポーズしました
- 1839年10月15日の日記には、アルバートに「私の望み(結婚)に同意してくれたら、私はとても幸せ」と伝え、「何度も抱きしめ合った」「アルバートのような天使に愛されていると感じるのは、言葉にできないほどの喜び」と書かれています

メル美日記に「天使に愛されている」って…。本当に大好きだったんだね。
白いドレスの花嫁
- 2人は1840年、セント・ジェームズ宮殿の礼拝堂で結婚しました
- 女王は白いドレスを着て、その後の花嫁の流行をつくりました。付き添いの12人の花嫁介添人のドレスも、女王自身がスケッチしたものでした
9人の子どもと、アルバートの仕事
- 2人は1840〜1857年に9人の子ども(5人の娘と4人の息子)に恵まれました。子どもたちの多くは、ヨーロッパの王家と結婚しました
- アルバートは、芸術・科学・産業に強い関心をもち、1851年の万国博覧会を実現させました。その利益は、今のヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)などの博物館群につながりました
- 夫婦で写真にも早くから関心をもち、1854年には結婚式を再現した写真も撮っています

プレ男V&A博物館の名前は、この2人からなんだ!
42歳での別れ、そして生涯の喪服
- 1861年、アルバートは腸チフスのため、42歳で、ウィンザー城の「ブルー・ルーム」で亡くなりました
- 夫であり、政治のいちばんの相談相手を失った女王は、深く落ちこみ、その後の治世をずっと黒い服と未亡人の帽子で過ごしました
- 1860年代の終わりまで、人前にほとんど姿を見せず、批判も受けましたが、やがて公務に戻っていきました
- 女王は1901年1月22日に亡くなりました。在位は約64年で、当時の英国史上最長でした

メル美40年近く、ずっと喪に服していたんだ…。
デートで話すなら
- 「プロポーズしたのは女王のほう」「白いウエディングドレスはこの人から」は、結婚式の話題にもぴったり
- 「V&A博物館の名前の由来」も、ロンドン旅行の話のタネになります

ヴィクトリア女王は、しきたりにより自分からアルバート公にプロポーズしました。白いウエディングドレスの流行も、この2人の結婚式から始まったといわれています。
まとめ
- ヴィクトリアは18歳で女王に。いとこのアルバートと恋に落ちる
- しきたりで、女王のほうからプロポーズ(1839年10月15日)
- 1840年の結婚式の白いドレスが花嫁の流行に
- 9人の子ども、アルバートは万国博覧会を実現
- 1861年にアルバートが42歳で亡くなり、女王は生涯黒い服で過ごした
参考文献
- The Royal Family. Timeline: Queen Victoria and Prince Albert. https://www.royal.uk/timeline-queen-victoria-and-prince-albert (閲覧日:2026年9月29日)
- The Royal Family. Victoria (r. 1837-1901). https://www.royal.uk/queen-victoria (閲覧日:2026年9月29日)
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