大人の教養An Evening of Culture

第六幕Act VI — The Archive

武器貸与法(1941年)「道具をください、そうすれば仕事をやりとげます」。中立をたもちながら、イギリスに武器を貸し、リースする——ルーズベルトが「民主主義の偉大な兵器廠」をめざした法律を、米国立公文書館で読む

No.0962026年10月12日

1941年3月11日に可決された武器貸与法(レンドリース法)は、「アメリカの防衛にとって不可欠」とされる国に、アメリカが軍需物資を貸したりリースしたりできるしくみをつくりました。米国立公文書館によれば、1940年7月、10日間で11隻の駆逐艦をドイツ海軍に失ったイギリスのチャーチル首相は、ルーズベルト大統領に助けを求めます。選挙では「あなたがたの息子を外国の戦争に送らない」と約束していたルーズベルトでしたが、アメリカは「民主主義の偉大な兵器廠」になるべきだと考えていました。2か月の議論のすえ、議会は法律を可決し、アメリカは公式には中立のまま、戦争への備えを進めることになります。

目次
  1. 1941年3月11日
  2. 駆逐艦と基地の交換
  3. 「外国の戦争には送らない」と「民主主義の兵器廠」
  4. 「貸すのではない、買っているのだ」
  5. 中立のまま、備える
  6. まとめ

プレ男第二次世界大戦のとき、アメリカって最初は中立だったんだよね?

メル美うん。でも、中立のままイギリスを助ける法律をつくったの。米国立公文書館の資料で見てみよう。

この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Lend-Lease Act (1941)」で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。

1941年3月11日

駆逐艦と基地の交換

「外国の戦争には送らない」と「民主主義の兵器廠」

プレ男兵士は送らないけど、道具は送る。それで中立のまま助けようとしたんだ。

「貸すのではない、買っているのだ」

中立のまま、備える

メル美「中立」と「備え」のあいだで、ぎりぎりの選択をしていたんだね。

米国立公文書館によれば、1941年3月11日に可決された武器貸与法は、アメリカの防衛に不可欠とされる国に軍需物資を貸したりリースしたりできるしくみをつくり、アメリカは公式には中立をたもちながら戦争への備えを進めました。

まとめ


参考文献

  1. U.S. National Archives. Lend-Lease Act (1941). https://www.archives.gov/milestone-documents/lend-lease-act (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。