
プレ男第二次世界大戦のとき、アメリカって最初は中立だったんだよね?

メル美うん。でも、中立のままイギリスを助ける法律をつくったの。米国立公文書館の資料で見てみよう。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Lend-Lease Act (1941)」で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。
1941年3月11日
- 米国立公文書館によれば、1941年3月11日に可決された武器貸与法(レンドリース法)は、「アメリカの防衛にとって不可欠」とされるどの国にも、アメリカが軍需物資を貸したり、リースしたりできるしくみをつくりました
駆逐艦と基地の交換
- 1940年7月、イギリスは、10日のあいだに11隻の駆逐艦をドイツ海軍に失いました。新しく首相になったウィンストン・チャーチルは、フランクリン・ルーズベルト大統領に助けを求めます
- ルーズベルトは、50隻の駆逐艦と、カリブ海とニューファンドランドのイギリスの基地の99年間の借用とを交換しました
- その結果、アメリカはイギリスを助けるべきか、厳格な中立をたもつべきか、外交政策をめぐる大きな論争が起きた、と解説は書いています
「外国の戦争には送らない」と「民主主義の兵器廠」
- 1940年の大統領選挙で、ルーズベルトは、アメリカを戦争に巻きこまないと約束していました。「前にも言ったが、何度でも言う。あなたがたの息子は、外国の戦争には送られない」
- それでもルーズベルトはイギリスを支えたいと考え、アメリカは「民主主義の偉大な兵器廠」になるべきだと信じていました
- チャーチルは訴えます。「道具をください、そうすれば仕事をやりとげます」(Give us the tools and we’ll finish the job.)

プレ男兵士は送らないけど、道具は送る。それで中立のまま助けようとしたんだ。
「貸すのではない、買っているのだ」
- 1941年1月、ルーズベルトは議会に、新しい軍事援助の法案を提案しました。アメリカの防衛にとって安全が不可欠な国に、必要な武器などを「貸与またはリースし、そのほかの方法で処分する」計画です
- 法案を支持して、陸軍長官ヘンリー・スティムソンは上院外交委員会で言いました。「われわれは……貸しているのではない、買っているのだ。準備をするあいだの、われわれ自身の安全を買っているのだ」
- 「ドイツが準備していたこの6年間、われわれがおくれたために、いまわれわれは、準備も武装もなく、すっかり準備し武装した敵になりうる国と向きあっている」
中立のまま、備える
- 2か月の議論のすえ、議会は武器貸与法を可決しました
- 解説によれば、この法律は、物資を強く必要としていたイギリスにこたえると同時に、アメリカが公式には中立をたもちながら、戦争への備えを進めることを可能にしました

メル美「中立」と「備え」のあいだで、ぎりぎりの選択をしていたんだね。

米国立公文書館によれば、1941年3月11日に可決された武器貸与法は、アメリカの防衛に不可欠とされる国に軍需物資を貸したりリースしたりできるしくみをつくり、アメリカは公式には中立をたもちながら戦争への備えを進めました。
まとめ
- 武器貸与法(レンドリース法)は、1941年3月11日に可決
- 「アメリカの防衛にとって不可欠」な国に、軍需物資を貸与・リースできるしくみ
- きっかけは、駆逐艦を失ったイギリスのチャーチルの求め。50隻の駆逐艦と基地の借用の交換
- 「道具をください、そうすれば仕事をやりとげます」と「民主主義の偉大な兵器廠」
- 「貸しているのではない、買っているのだ」——公式には中立のまま、戦争に備えた
- 米国の戦争と外交の文書はツィンマーマン電報、マーシャル・プラン、大統領令9066号もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Lend-Lease Act (1941). https://www.archives.gov/milestone-documents/lend-lease-act (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。