
プレ男『源氏物語』って長すぎて、どこから読めばいいかわからないんだよね。

メル美「嫉妬」の話なら「葵」の巻が有名だよ。祭りの日の車の場所とりから始まるの。
今回は、紫式部『源氏物語』の第9帖「葵」です。青空文庫の与謝野晶子訳(底本:『全訳源氏物語 上巻』角川文庫、1971年改版)で読みました。本文中の「」の言葉は、この晶子訳からの引用です(原文の古文ではありません)。
晶子訳では、源氏の正妻を「葵夫人」とよび、「この人のことを主にして書かれた巻の名を用いて書く」と断っています。一般には「葵の上」の名で知られています。
※この巻には、物の怪(もののけ)・生霊のしわざとされる病と、出産のあとの死がえがかれています。
年上の恋人と、正妻
- 光源氏は、亡くなった前の皇太子の妃だった六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)と恋人の関係にありました。院(源氏の父)までも二人の仲を知っていて、「女の恨みを買わないようにするがいいよ」と源氏をたしなめます
- けれど源氏は、御息所を「公然に妻である待遇はしない」まま。御息所も年上であることを恥じて、強くは求めません。世間に知られてもなお誠意を見せないと、御息所は深く恨んでいました
- 御息所は、娘が伊勢の斎宮に選ばれたのを機に、自分も伊勢へ下ってしまおうかと考えはじめています
- いっぽう、左大臣家の娘で源氏の正妻の葵の上は、源氏の心が「幾つにも分かれている」のを憎みながらも、言ってもしかたがないと思っていました。その葵の上が身ごもり、源氏はあらためて妻への愛を感じはじめます
車争い
- 新しい斎院の御禊(ごけい)の日、行列には源氏も加わることになり、都じゅうが見物に出ます
- 気分のすぐれない葵の上は出かけるつもりがありませんでしたが、女房たちにせがまれ、母宮にもすすめられて、おそくなってから出かけます。すでに道は物見の車でいっぱい。左大臣家の供の者は、じゃまな車をどかせはじめました
- そこに、古びた網代車ながら品のよい車が二台。物思いのなぐさめにと、身分をかくして見物に来ていた御息所の車でした。供の者は「このお車はほかのとは違う」と手をふれさせませんが、祭りの酒に酔った若い従者どうしのこと、止めようがありません
- 「それくらいのことでいばらせないぞ、大将さんの引きがあると思うのかい」。御息所の車は奥へ押しこまれて何も見えなくなり、車の台の脚も折られてしまいます。御息所には、見えないことより、忍び姿の自分がだれか見やぶられて、ののしられたことのほうが口惜しくてなりません
- 行列が来ると、それでも恨めしい人の姿を待ってしまう。源氏は御息所に気づかず、ふりかえりもしません。左大臣家の車の前では源氏はまじめな顔をして通り、行列の従者たちもこの一団には敬意を表して通っていきました

メル美押しのけられて、しかも恋人は正妻の前でだけきちんとして通っていく。いちばんつらい見え方だね…。
「抑制のできない火」
- 源氏はこの車争いを聞いて御息所に同情し、たずねていきますが、斎宮が邸にいることを理由に会ってもらえません
- 御息所の煩悶は、それまでの何年かの物思いとはくらべものにならないほどになります。伊勢へ行けば「捨てられた女」と見られる。京にいれば、あの日の記憶がある。寝てもさめても迷ううちに、「次第に心がからだから離れて行き」、病気のようになっていきます
- そのころ、葵の上は物の怪に苦しんでいました。たくさんの物の怪が出ては名のる中に、どんな修験僧にも動かせず、葵の上から片時もはなれない一つの物の怪がありました。左大臣家の人々は、源氏の愛人たちの中で、とくに御息所と、二条院の女性(源氏が二条院の西の対で育てている紫の姫君)を疑いますが、物の怪の言葉から主をつきとめることはできませんでした
- 葵の上は御息所の生霊だ、という噂を聞いた御息所は、人を呪う心などないと思いながらも、物思いがつのれば体からはなれるという魂があるのかもしれない、と考えます。「御禊の日の屈辱感から燃え立った恨みは自分でももう抑制のできない火になってしまった」
- 眠ると、美しい姫君のような人のところへ行って、荒々しい力でつかみかかる夢を何度も見る。自分の魂が体をはなれていったのだろうか——御息所は、生きながらそんな悪名を負うことを苦しみます
出産の床で聞こえた声
- 予定より早く、葵の上は産気づきます。名高い僧たちの祈祷に押さえられて、あの物の怪が泣きながら言います。「少しゆるめてくださいな、大将さんにお話しすることがあります」
- 几帳の中に入った源氏は、妻の手をとって泣きます。「夫婦は来世でも逢えるのだから」と慰める源氏に、葵の上の口から返ってきたのは、「物思いをする人の魂というものはほんとうに自分から離れて行くものなのです」という言葉と、一首の歌でした
- その「声も様子も夫人ではなかった」。妻は、すっかり御息所になっていたのです。これまでくだらない噂だと打ち消してきたことが、目の前で事実になっている。源氏は「確かに名を言ってごらんなさい」と言いますが、相手はますます御息所そっくりに見えるばかりでした
- まもなく、男の子が生まれます。高僧たちが汗をぬぐいながら帰り、左大臣家はよろこびに満たされました
- 御息所のほうは、自分が失神したようにしていた日々をふりかえると、着ているものに、祈祷の僧が焚く護摩の香がしみこんでいました。髪を洗っても、着がえても消えない。御息所は、生霊の説を否定しきれないことを、だれにも話せず、ひとりで悲しみます

プレ男御息所自身も、自分がそんなことをしているって、はっきりはわからないんだね。
葵の上の死と、源氏の後悔
- 秋の除目の日、父の大臣も兄弟たちも出かけて邸が静かになったとき、葵の上はにわかに苦しみだし、そのまま息を引きとります。もう危ない時期はすぎたと、だれもが油断していたときでした
- 鳥辺野での葬送の帰り、源氏は眠れず、ふりかえります。なぜ妻に十分な愛を示さなかったのか。一時の衝動で恨めしく思わせるようなことをなぜしたのか。「そんなことで妻は生涯心から打ち解けてくれなかったのだ」——けれど、もう何をしても取りかえしはつきません
- 秋も深まったある明け方、白菊の枝に結んだ弔いの手紙がとどきます。御息所からでした。源氏は、みごとな字に見入りながらも、「素知らぬふりの慰問状」と恨めしく思います。そして、なぜ自分の目はあの生霊を見てしまったのか、と。作品は「源氏の恋が再び帰りがたいことがうかがわれる」と書いています
- 源氏の返事にほのめかされたことを、御息所はすぐにさとりました。これもみな自分の薄命から、と悲しみ、若い源氏と恋をして最後に悪名を負うのか、と重く悩みます

「葵」の巻の六条御息所は、人を呪う心などないと思いながら、物思いのために魂が体からはなれていくのかもしれないと苦しみます。晶子訳は、その恨みを「自分でももう抑制のできない火」と書いています。
まとめ
- 「葵」は『源氏物語』の第9帖。この記事は与謝野晶子訳(青空文庫)で紹介した
- 光源氏の年上の恋人・六条御息所の車が、正妻・葵の上の一行に押しのけられる「車争い」が発端
- 屈辱から燃えあがった恨みは「抑制のできない火」になり、御息所は自分の魂が体をはなれていくように感じる
- 身ごもった葵の上の出産の床で、源氏は、妻の声と様子が御息所に変わるのを見る
- 葵の上は男の子を産んだあと急に亡くなり、源氏は妻に心を尽くさなかったことを悔やむ。源氏と御息所の恋は、もとにはもどらない
- 晶子については与謝野晶子『みだれ髪』、嫉妬と恋の物語は芥川龍之介『袈裟と盛遠』、平安の恋は芥川龍之介『好色』もどうぞ
参考文献
- 紫式部(与謝野晶子訳). 源氏物語 09 葵(底本:『全訳源氏物語 上巻』角川文庫、角川書店、1971年改版). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000052/card5024.html (閲覧日:2026年10月22日)
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