
プレ男核実験って、むかしは空の上でもやっていたんだよね?

メル美うん。それを禁止した最初の大きな条約が、1963年の条約なんだって。米国立公文書館の資料で見てみよう。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Test Ban Treaty (1963)」と、そこに掲載された条約のトランスクリプトで確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。
1963年8月5日、モスクワ
- 米国立公文書館によれば、1963年8月5日、アメリカ、イギリス、ソ連が、部分的核実験禁止条約に署名しました
- 署名の場所はモスクワ。アメリカの上院が9月24日に承認し、条約は10月10日に発効しました
放射性降下物への不安
- 解説は、1945年8月、アメリカが日本に二つの原子爆弾を投下し、第二次世界大戦が終わったことにふれたうえで、こう書いています
- 原子爆弾、さらに水素爆弾の実験がつづくなかで、放射性の降下物の影響への懸念が高まっていった。降下物の性質や影響がわかってくるにつれ、そして、世界のどの地域も放射性の破片と無関係ではないことが明らかになるにつれ、核実験の問題は、ますます広く強い関心を集めました
- 環境が少しずつ汚染されていくことへの不安も語られていた、と解説は書いています
8年におよんだ交渉
- 核実験を終わらせる国際的な合意をめざす交渉は、1955年5月、国連軍縮委員会の小委員会(アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ソ連)ではじまりました
- 国連総会は、国際的な管理のもとで実験を禁止する合意を早くむすぶよう、くりかえし決議をおこないました
- 交渉が8年にもおよんだのは、実験を禁止したかどうかをどう確かめるか(検証)という複雑な技術の問題と、軍備管理や安全保障の考え方の深いちがいがあったからです。冷戦のなかで東西の関係がゆれうごいたことも、交渉の進み方を不安定にした、と解説は書いています

プレ男「やったかどうか、どう確かめるか」で、8年もかかったんだ。
条約の言葉
Each of the Parties to this Treaty undertakes to prohibit, to prevent, and not to carry out any nuclear weapon test explosion, or any other nuclear explosion, at any place under its jurisdiction or control: (a) in the atmosphere;
- 第1条:「この条約の締約国は、その管轄または管理のもとにあるあらゆる場所において、核兵器の実験的爆発、またはそのほかのあらゆる核爆発を、禁止し、防止し、実施しないことを約束する」
- 禁止される場所は、大気圏内、大気圏をこえた宇宙空間をふくむ範囲、そして領海や公海をふくむ水中です
- 地下の実験は禁止されませんでしたが、その爆発で、実施した国の領域の外に放射性の破片が出る場合は禁止されました
- 解説によれば、核保有国は、実験の制限をうけいれることで、「放射性物質による人類の環境の汚染に終止符を打つ」ことを共通の目標としてうけいれました

メル美「人類の環境の汚染に終止符を」。1963年の時点で、環境のことが条約の目標になっていたんだね。

米国立公文書館によれば、1963年の部分的核実験禁止条約は、大気圏内、宇宙空間、水中での核兵器の実験と、そのほかのあらゆる核爆発を禁止しました。地下の実験は禁止されませんでしたが、放射性の破片が国の領域の外に出る場合は禁じられました。
まとめ
- 1963年8月5日、アメリカ・イギリス・ソ連がモスクワで署名。10月10日発効
- 大気圏内、宇宙空間、水中での核実験と「そのほかのあらゆる核爆発」を禁止
- 地下は対象外。ただし放射性の破片が国外に出る場合は禁止
- 背景には、世界のどこにもとどく放射性降下物への不安
- 交渉は1955年から8年。検証の問題と冷戦のゆれ
- 目標は「放射性物質による人類の環境の汚染に終止符を打つ」こと
- 冷戦の時代の文書はケネディの就任演説、国際連合憲章、ジョン・グレンの宇宙飛行もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Test Ban Treaty (1963). https://www.archives.gov/milestone-documents/test-ban-treaty (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。