大人の教養An Evening of Culture

第六幕Act VI — The Archive

ジョン・グレンの宇宙飛行(1962年)自動操縦がこわれ「手動に切りかえる」。熱シールドがはずれているかもしれない——地上は逆噴射ロケットを捨てずに大気圏に入れと指示した。「理由は?」と聞くグレンの交信記録を、米国立公文書館で読む

No.0872026年10月12日

1962年2月20日、ジョン・グレンは、アメリカ人として初めて地球を周回する有人飛行をおこないました。米国立公文書館によれば、自動操縦がうまく働かなくなったとき、グレンは宇宙船フレンドシップ7を手動で操縦しました。2周目に入ったころ、地上には、大気圏突入のときに宇宙船を守る熱シールドがゆるんでいるという信号がとどきます。地上は、ふだんは捨てる逆噴射ロケットのパッケージを、熱シールドをおさえるために残したまま突入するよう指示しました。「このまま全突入のあいだ、レトロパッケージをつけておくことをすすめる」「理由は何か?」——交信記録とあわせて紹介します。

目次
  1. スプートニクの衝撃
  2. 1962年2月20日、フレンドシップ7
  3. 熱シールドの信号
  4. 交信記録
  5. 窓の外を飛ぶかたまり
  6. 「月へ行くことを選ぶ」
  7. まとめ

プレ男宇宙船の中で、宇宙飛行士と地上がどんな会話をしてたのか、記録が残ってるの?

メル美ジョン・グレンの飛行の交信記録が、米国立公文書館にあるんだよ。いちばん緊張した場面の記録なんだって。

この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Transcript of John Glenn’s Official Communication with the Command Center (1962)」と、そこに掲載された交信記録で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。

スプートニクの衝撃

1962年2月20日、フレンドシップ7

This is Friendship 7, going to manual control.

プレ男宇宙で自動操縦がこわれたら、自分で操縦するしかないんだ…!

熱シールドの信号

交信記録

米国立公文書館に掲載された交信記録から、そのやりとりを紹介します(CC は地上の交信担当、P はグレン)。

メル美理由を聞いても「いまはない」。それでも、指示どおりに突入の準備をしたんだね。

窓の外を飛ぶかたまり

「月へ行くことを選ぶ」

米国立公文書館によれば、1962年2月20日、ジョン・グレンはアメリカ人として初めて地球を周回し、自動操縦がうまく働かなくなるとフレンドシップ7を手動で操縦しました。熱シールドがゆるんでいるという信号を受け、地上はレトロパックを残したまま突入するよう指示しています。

まとめ


参考文献

  1. U.S. National Archives. Transcript of John Glenn’s Official Communication with the Command Center (1962). https://www.archives.gov/milestone-documents/john-glenns-official-communication-with-the-command-center (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。