
プレ男宇宙船の中で、宇宙飛行士と地上がどんな会話をしてたのか、記録が残ってるの?

メル美ジョン・グレンの飛行の交信記録が、米国立公文書館にあるんだよ。いちばん緊張した場面の記録なんだって。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Transcript of John Glenn’s Official Communication with the Command Center (1962)」と、そこに掲載された交信記録で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。
スプートニクの衝撃
- 解説によれば、1957年10月4日、ソ連の科学者たちは人工衛星スプートニク1号を地球の軌道にのせ、世界をおどろかせました。重さは184ポンド。ひと月後には、さらに大きな、犬をのせた衛星を打ちあげます
- この成功はアメリカに衝撃をあたえました。重いものを宇宙に打ちあげられるなら、核弾頭をつんだ大陸間ミサイルでアメリカにとどくこともできる、と
- アメリカは1958年1月31日、グレープフルーツほどの大きさのエクスプローラー1号を軌道にのせます
- 1961年4月12日、ソ連が初めて人間を宇宙へ。その20日あまりあとの5月5日、アラン・シェパードがアメリカ人として初めて宇宙に行きました
1962年2月20日、フレンドシップ7
- 1962年2月20日、ジョン・グレンは、アメリカ人として初めて地球を周回する有人飛行をおこないました
- かさばる与圧服を着て座席にしばりつけられ、小さなカプセルにおしこまれたグレンは、地上160マイルの高さを、時速1万7,500マイルで飛びました
- 自動操縦の機能がうまく働かなくなると、グレンは、すぐれた技術と勇気で、宇宙船「フレンドシップ7」を手動で操縦した、と解説は書いています
This is Friendship 7, going to manual control.
- 交信記録には、グレンの声が残っています。「こちらフレンドシップ7、手動操縦に切りかえる」「出たり入ったりしている。手動で操縦する」

プレ男宇宙で自動操縦がこわれたら、自分で操縦するしかないんだ…!
熱シールドの信号
- 2周目に入ったころ、地上の管制には、大気圏に再突入するときに宇宙船が燃えつきないよう守る熱シールドがゆるんでいるという信号がとどきました
- まちがった信号の可能性もありましたが、管制は危険をおかしませんでした。ふだんは、減速のためのロケットを噴射したあと、その逆噴射ロケットのパッケージ(レトロパック)を捨てます。けれど今回は、熱シールドをおさえておくために、レトロパックを残したまま突入するよう指示したのです
交信記録
米国立公文書館に掲載された交信記録から、そのやりとりを紹介します(CC は地上の交信担当、P はグレン)。
- 地上「こちらテキサス。フレンドシップ7、再突入のあいだずっと、レトロパッケージをつけたままにすることをすすめる」
- グレン「こちらフレンドシップ7。その理由は何か? 何か理由があるのか?」
- 地上「いまのところはない。ケープの飛行管制の判断だ」
- グレン「了解。指示をもう一度たのむ」
- 地上「レトロパッケージは、くりかえす、捨てないことをすすめる。……わかったか?」
- グレン「了解、わかった」「こちらフレンドシップ7、それなら、再突入の姿勢に入る」
- 地上「フレンドシップ7、見えるところに入ったら、ケープの飛行管制がこの措置の理由を伝える」「地上では、すべて問題ないように見える」

メル美理由を聞いても「いまはない」。それでも、指示どおりに突入の準備をしたんだね。
窓の外を飛ぶかたまり
- 解説によれば、宇宙船を制御しようとしながら、グレンは、大きなかたまりが窓の外を飛んでいくのを見て、それがレトロパックなのか、熱シールドがこわれているのか、考えていました
- 熱シールドはもちこたえました。もしもちこたえなければ、グレンとカプセルは燃えつきていた、と解説は書いています
- グレンは約5時間後に地球にもどりました。けがは、無事に着水したあと、カプセルから出る準備をしていてすりむいた指の関節くらいでした
「月へ行くことを選ぶ」
- グレンの飛行のあとの熱気のなかで、1962年9月12日、ケネディ大統領はライス大学での演説で、新しい挑戦を呼びかけました
- 「われわれは月に行くことを選ぶ。この10年のうちに月に行き、そのほかのこともなしとげることを選ぶ。それがやさしいからではなく、むずかしいからだ」

米国立公文書館によれば、1962年2月20日、ジョン・グレンはアメリカ人として初めて地球を周回し、自動操縦がうまく働かなくなるとフレンドシップ7を手動で操縦しました。熱シールドがゆるんでいるという信号を受け、地上はレトロパックを残したまま突入するよう指示しています。
まとめ
- 1962年2月20日、ジョン・グレンがアメリカ人初の地球周回飛行
- 背景には、1957年のスプートニクの衝撃と宇宙開発競争
- 自動操縦がうまく働かず、「手動操縦に切りかえる」
- 熱シールドがゆるんでいるという信号。地上はレトロパックを残したまま突入を指示。「その理由は何か?」
- 熱シールドはもちこたえ、約5時間後に無事帰還
- 9月、ケネディは「月に行くことを選ぶ」と演説
- ケネディの就任演説、エジソンの電球の特許、イエローストーン国立公園法もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Transcript of John Glenn’s Official Communication with the Command Center (1962). https://www.archives.gov/milestone-documents/john-glenns-official-communication-with-the-command-center (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。