
プレ男電球を発明したのはエジソン!…だよね?

メル美米国立公文書館の説明だと、ちょっとちがうみたい。特許の書類で確かめてみよう。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Thomas Edison’s Patent Application for the Light Bulb (1880)」と、そこに掲載された特許出願の手紙の原文(トランスクリプト)で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。
1880年1月27日、特許番号223,898
- 1880年1月27日、トーマス・エジソンは、白熱電灯の原理をおさめた歴史的な特許を受けました。それは、電灯が家庭で広く使われる道をひらいた、と解説は書いています
- 特許商標庁がエジソンに与えたのは、「電灯」(electric-lamp)の特許。特許番号は 223,898 です
「発明」ではなく「改良」
- 解説は、こう書いています。エジソンの特許は電灯の「改良」(an improvement on electric lamps)であって、電灯そのものの発明ではなかった
- けれど、エジソンの設計の変更と、炭素のフィラメントなどの素材によって、その特許は「信頼でき、安全で、実用的な」(reliable, safe, and practical)電灯を可能にしたのです

プレ男電灯はもうあって、エジソンはそれを「使えるもの」にしたんだ!
何千もの理論を試して
- 1878年、長くともる実用的な電灯をつくることは、何十年ものあいだ科学者たちの手からすりぬけていました
- 町じゅうをあかりで照らす夢をいだいて、エジソンは資金を集め、優秀な科学者と技術者のチームを組み、効率がよく手ごろな値段の電灯という課題にとりくみます
- エジソンとチームは「何千もの理論」を試しました。失敗するたびに成功に一歩近づくのだと信じて
特許出願の手紙
米国立公文書館には、エジソンの特許出願の手紙のトランスクリプトが掲載されています。
- あて先は「特許局長殿」(To the Honorable Commissioner of Patents)
- 「ニュージャージー州メンロパークの請願者トーマス・A・エジソンは、添付の明細書に記載された『電灯の改良およびその製造方法』の発明について、特許状が与えられるよう願い出ます」
- ニューヨークの弁護士を代理人として認めてほしい、という一文がつづき、末尾には「1879」とあります
1,093件の発明
- 解説によれば、エジソンは少年のころから宇宙のしくみに魅了され、正規の教育をほとんど受けないまま、いまも私たちの暮らしを支配しつづける数々のイノベーションを生みだしました
- 設備も人員も十分にそろえたニュージャージーの研究所——それ自体がひとつの発明だった——から、1,093件の特許をとった発明とイノベーションが生まれ、エジソンは史上もっとも多くの発明をした人のひとりになった
- なかでも有名な3つは、蓄音機、実用的な白熱電球、映画撮影機。エジソンは、アメリカをガス灯の時代から電気の時代へと押しすすめた、と解説は書いています

メル美天才のひらめきだけじゃなくて、チームと資金と、何千回もの試行錯誤だったんだね。

米国立公文書館によれば、エジソンが1880年1月27日に受けた電灯の特許(番号223,898)は、電灯の発明ではなく改良でした。炭素のフィラメントなどによって、信頼でき、安全で、実用的な電灯を可能にしたのです。
まとめ
- エジソンが白熱電灯の特許を受けたのは1880年1月27日、特許番号は223,898
- それは電灯の発明ではなく改良。炭素のフィラメントなどで「信頼でき、安全で、実用的」に
- チームと資金を集め、何千もの理論を試した
- 特許出願の手紙は、ニュージャージー州メンロパークから「電灯の改良およびその製造方法」について
- 生涯の特許は1,093件。蓄音機、白熱電球、映画撮影機
- 電気の便利さに心ふるわせる老芸妓が出てくる岡本かの子の老妓抄、米国の文書はツィンマーマン電報もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Thomas Edison’s Patent Application for the Light Bulb (1880). https://www.archives.gov/milestone-documents/thomas-edisons-patent-application-for-the-light-bulb (閲覧日:2026年10月12日)
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