
メル美太宰治の『おさん』は、浮気をしている夫を、妻の目から語る小説なの。

プレ男妻の目から…。読むのがちょっとこわいな。
今回は、太宰治の短編『おさん』です。青空文庫の本文(底本:ちくま文庫『太宰治全集9』)で読みました。初出は『改造』1947年(昭和22年)10月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、心中(二人が一緒に命を絶つこと)の場面がえがかれています。
「たましいの、抜けたひとのように」
- 小説は、こう始まります。「たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます」
- 語り手は、東京の郊外に住む妻。夫は、神田の有名な雑誌社に10年近く勤めた人で、8年前に見合い結婚しました。7歳の長女マサ子、長男、そしてことしの春に生まれた次女の、三人の子どもがいます
- 戦争中、家は爆弾で半壊し、妻と子どもたちは青森へ疎開しますが、青森も空襲で全焼。「ほとんど乞食の姿で」東京にもどってきました
- 夫の雑誌社は解散し、新しく起こした出版の仕事も失敗。夫は何の仕事をする気力もなくし、夕方になると財布を懐に入れて、足音もなく出ていき、その晩はたいてい帰りません
「よい夫、やさしい夫でした」
- 妻は言います。「よい夫、やさしい夫でした」。結婚して10年近く、一度も妻をぶったり、口汚くののしったりしたことはなかった
- 疎開先から帰って4か月ぶりに会ったとき、夫の笑顔は「どこやら卑屈で」、妻の視線を避けるようでした。「或いはあの四箇月の間に、ああ、もう何も考えまい」
むらさき色の蛾
- お盆の配給のビールで、昼から一家で食卓をかこんだ日。妻は見てしまいます。夫の顎の下に、むらさき色の蛾が一匹——「いいえ、蛾ではありません」。結婚したばかりのころ、妻にも覚えのある、あのあざでした
- 夫も気づかれたことを知り、肩にかけた濡れ手ぬぐいで、ぶきっちょにかくします
- そのとき、隣のラジオからフランス国歌。「ああ、そうか、きょうは巴里祭だ」。夫はバスチーユ牢獄の攻撃を語りながら、泣きだしてしまいます。「革命の本質というものはそんな具合いに、かなしくて、美しいものなんだ」

プレ男浮気のあとを見つけられた日に、フランス革命の話をして泣くって…。
「女房のふところには」
- 妻は思います。夫は革命のために泣いたのではない。「フランスに於ける革命は、家庭に於ける恋と、よく似ているのかも知れません」
- 「私だって夫に恋をしているのだ」——そして、「あの、昔の紙治のおさん」の嘆きの歌を思い出すのです
女房のふところには
鬼が棲むか
あああ
蛇が棲むか
- 子どもが三人もいる。子どものためにも、いまさら別れることもできない
「いいのよ、いいのよ」
- 暑い日がつづき、夫も妻もやせていきます。夫は言います。「いっそ発狂しちゃったら、気が楽だ」
- 妻は、夫の気持ちを楽にしてあげたら、自分も楽になる、と気づきます。その夜、夫の蚊帳に入っていき、「いいのよ、いいのよ。なんとも思ってやしないわよ」。二人は笑いあいました
- 夫は言います。「僕はいつでも、君の事ばかり思っているんだ」
- 妻は心の中で言います。「私の事をそれほど思って下さりながら、他のひとを抱きしめているあなたの姿が、私を地獄につき落してしまうのです」「ひとを愛するなら、妻を全く忘れて、あっさり無心に愛してやって下さい」

メル美「君の事ばかり思っている」と言われるほうが、かえってつらい…。妻の本音が痛いね。
さるすべり
- ある朝、夫は信州の温泉に行きたいと言いだします。よそゆきの麻の夏服は、もう売られていました
- 出発の日、にわか雨がやむのを待ちながら、夫はふと言います。「さるすべりは、これは、一年置きに咲くものかしら」。玄関の前の百日紅は、ことしは花が咲きませんでした
- 「それが、夫と交した最後の夫婦らしい親しい会話でございました」
- 3日後、諏訪湖心中の記事が、新聞に小さく出ました
「呆れかえった馬鹿々々しさ」
- 宿から届いた夫の手紙には、自分がこの女の人と死ぬのは恋のためではない、ジャーナリストとしての自己嫌悪から「革命家の十字架にのぼる決心をした」のだ、と書かれていました
- 妻は思います。「男の人って、死ぬる際まで、こんなにもったい振って意義だの何だのにこだわり、見栄を張って嘘をついていなければならないのかしら」
- 「革命は、ひとが楽に生きるために行うものです。悲壮な顔の革命家を、私は信用いたしません」
- 三人の子どもをつれて、夫の亡骸を引き取りに諏訪へ向かう汽車の中で、妻は「悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿々々しさに身悶え」した——小説はここで終わります

『おさん』の妻は、「昔の紙治のおさん」の嘆きの歌を思い出しながら、「革命は、ひとが楽に生きるために行うものです。悲壮な顔の革命家を、私は信用いたしません」と語ります。
まとめ
- 『おさん』は太宰治の短編。初出は『改造』1947年10月
- 戦後の東京。仕事を失い、外泊をくりかえす夫を見送る妻のひとり語り
- 顎の下の「むらさき色の蛾」、巴里祭のラジオに泣く夫
- 「昔の紙治のおさん」の嘆き——「女房のふところには鬼が棲むか、蛇が棲むか」
- 「ひとを愛するなら、妻を全く忘れて、あっさり無心に愛してやって下さい」
- 夫の死を知った妻の思い——「呆れかえった馬鹿々々しさ」
- 太宰のヴィヨンの妻、駈込み訴え、葉桜と魔笛もどうぞ
参考文献
- 太宰治. おさん(底本:『太宰治全集9』ちくま文庫、筑摩書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card305.html (閲覧日:2026年10月12日)
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