
プレ男ロゼッタストーンって、名前は聞いたことあるけど、何が書いてあるの?

メル美同じ文章が3種類の文字で書いてあって、それで古代エジプトの文字が読めるようになったんだって。
今回は、ロゼッタストーンです。大英博物館の評議員会が1913年に出した解説書『The Rosetta Stone』(E.A.ウォリス・バッジ著)を、プロジェクト・グーテンベルクで読みました。以下は、とくにことわりがなければ、この解説書の内容です。
プロフィール
| 見つかった年 | 1799年8月 |
| 見つかった場所 | ナイル川西の支流の河口近く、町ロゼッタ(ラシード)の近く |
| 見つけた人 | フランスの工兵士官ブシャール(ボサールとも) |
| 大きさ | 長さ約3フィート9インチ(約114cm)、はば約2フィート4.5インチ(約72cm)、あつさ約11インチ(約28cm)。上の左右と右下のかどが欠けている |
| 文字 | 神聖文字(ヒエログリフ)14行、民衆文字(デモティック)32行、ギリシャ文字54行 |
| 内容 | 紀元前196年、プトレマイオス5世エピファネスをたたえる神官たちの布告 |
| いまの場所 | 大英博物館(1802年の終わりごろから展示) |

ジョン・ジェイベズ・エドウィン・メイオール「[ロゼッタストーンの複製]」1846〜52年。ダゲレオタイプ(銀板写真)。メトロポリタン美術館所蔵(パブリックドメイン)
発見:古い壁の中から?
- 石は、地面に横たわっていたという話と、とても古い壁に組みこまれていたという話があります。フランス兵が、のちに「サン・ジュリアン要塞」とよばれる砦の増築のために、その壁をこわすよう命じられていたのです
- 見つけた士官ブシャールは、片面にふしぎな文字の行と、長いギリシャ文字の行があるのに気づき、メヌー将軍に報告しました
- ナポレオンは、石をカイロの「エジプト学士院」にはこばせ、ヨーロッパの学者に配るための写しを作らせます。石の表面に印刷用のインクをぬり、紙をのせてゴムのローラーでこすり、写しをとりました
フランスからイギリスへ
- 1801年の春、イギリス軍がエジプトで勝利し、降伏協定の第16条で、ロゼッタストーンなどのエジプトの大きな古代の遺物が、イギリスに引きわたされることになりました
- でも、石はメヌー将軍の個人の持ちものと考えられていたので、引きわたしはすんなりとはいきませんでした。アレクサンドリアの将軍の家で、石は布と二重のござでおおわれていたといいます
- ターナー少将が石を受けとり、軍艦「レジプシエンヌ」で1802年2月にポーツマスへ。ロンドン考古協会で調べられたあと、その年の終わりごろ大英博物館にうつされ、すぐに一般に公開されました

プレ男フランスの兵隊が見つけたのに、いまはイギリスにあるのは、そういうわけだったんだ。
何が書いてある?
- 刻まれているのは、メンフィスに集まったエジプトの神官たちの会議の布告の写しです。若い王プトレマイオス5世エピファネスの戴冠1周年を記念するもので、紀元前196年の春のものです
- もとの文は民衆文字(デモティック)で書かれ、そこから神聖文字とギリシャ文字の版が作られました
- 神官たちは、王のよい行いを数えあげています。たとえば
- 神殿へのお金や穀物の寄付
- 税金を半分にしたこと、民の借金を帳消しにしたこと
- 何年も牢屋にいた人を釈放したこと
- 反乱者をゆるし、エジプトに帰って住むことをゆるしたこと
- そのお礼に、神官たちは、エジプトのすべての神殿に「エジプトの救い主」としての王の像をおき、王の誕生日と戴冠の日を永遠の祭りの日にする、などと決めました
- そして最後に、「この布告の写しを、神のことばの文字(神聖文字)、書物の文字(民衆文字)、ギリシャ人の文字で、石板に刻み、神殿の王の像のそばにおくこと」と定めています。ロゼッタストーンは、その1枚だったのです
解読:「プトレマイオス」の名前から
- まずギリシャ文字の部分が、1802年に英語に、続いてフランス語、ラテン語にも訳されました
- 王の名前を囲む楕円の枠「カルトゥーシュ」が手がかりになります。ロゼッタストーンの神聖文字には、カルトゥーシュは1種類だけ(少しずつ形を変えて5回)。ギリシャ文字の部分から、文がプトレマイオス王のことだとわかっていたので、これは「プトレマイオス」だろうと考えられました
- トマス・ヤングは1818年、神聖文字に音をあらわす文字があることを初めて示し、ロゼッタストーンの「プトレマイオス」の名前を読みときました
- 同じころ、バンクスがフィラエ島から運んだオベリスクには、ギリシャ文字で「プトレマイオス」と「クレオパトラ」の名前がありました。2つのカルトゥーシュの共通の文字(P、L、Tなど)をくらべて、文字の音がつぎつぎに決まっていきます
- シャンポリオンは1822年、ヤングの文字の表を正し、大きくふやしました。古代エジプト語を受けついだコプト語をよく知っていたので、絵のような文字の意味や読みを当てていき、いまのエジプト学の土台となる解読のしくみをつくりました

メル美王さまの名前と、受けつがれてきた言葉が、何千年も前の文字を読むカギになったんだね。

大英博物館の1913年の解説によると、ロゼッタストーンは、紀元前196年のプトレマイオス5世をたたえる神官たちの布告を、神聖文字・民衆文字・ギリシャ文字で刻んだ石です。
まとめ
- 1799年8月、ナポレオンのエジプト遠征中に、フランスの士官ブシャールがロゼッタの近くで発見
- 1801年の降伏協定でイギリスへ。1802年から大英博物館で展示
- 内容は、紀元前196年、プトレマイオス5世をたたえる神官たちの布告
- 同じ布告を、神聖文字・民衆文字・ギリシャ文字の3つで刻んでいた
- 王の名前を囲むカルトゥーシュから、ヤングとシャンポリオンが文字の音を読みといた
- 砂漠の洞窟で見つかった古い写本は死海文書、いまも読めない文字の本はヴォイニッチ手稿、古代の世界の物語はギリシャ神話の入門もどうぞ
参考文献
- Budge, E.A. Wallis. The Rosetta Stone. Printed by order of the Trustees of the British Museum, 1913. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/48649 (閲覧日:2026年10月6日)
- メトロポリタン美術館. John Jabez Edwin Mayall, [Copy of the Rosetta Stone], 1846–52, Daguerreotype(2019.304.2、パブリックドメイン). https://www.metmuseum.org/art/collection/search/821166 (閲覧日:2026年10月6日)
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