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メル美バレンタインデーに、いちばんつらい日を迎えた大統領がいるんだって。

プレ男え…バレンタインに?どういうこと?
こんにちは、Dr. Taro です。 「大人の教養」の男女の実話、今回はアメリカ大統領(在任1901〜1909年)セオドア・ルーズベルトと、2人の妻アリスとイーディスの話です。米国国立公園局(NPS)は、ルーズベルトの生家(ニューヨーク)や、家族で暮らした家「サガモア・ヒル」を国の史跡として管理していて、家族ひとりひとりの解説を公開しています。それをもとにまとめました。
「サンシャイン」と呼ばれた女性
- アリス・ハサウェイ・リーは、1861年7月29日、マサチューセッツ州ニュートンのチェスナットヒルで、ボストンの裕福な家に生まれました
- 明るい性格から、友人や家族に「サンシャイン」と呼ばれていたそうです。背が高く、テニスやアーチェリーが得意で、ピアノも弾き、ボートも好きでした
- セオドアと出会ったのは、アリスが17歳のとき。いとこを通じてでした。当時、セオドアはハーバード大学の学生です
- NPS によると、セオドアはひと目で恋に落ち、すぐに交際を申しこみました
22歳の誕生日に結婚
- 2人は1880年10月27日、セオドアの22歳の誕生日に結婚しました
- 新婚旅行は、ニューヨーク州ロングアイランドのオイスターベイにある一家の別荘で過ごしています。セオドアはその近くに土地を買い、将来の夏の家を建てる計画を立てました
- 結婚後の2人は、ニューヨークのルーズベルト家で、セオドアの母マーサ(愛称ミッティ)や姉と暮らしました
- このころセオドアは、最初の著書『1812年の海戦』を書きはじめ、ニューヨーク州議会の議員に選ばれます。1881年には、2人で5か月間ヨーロッパを旅しました
- 1883年、アリスが妊娠。夏の家は、妻の名前をとって「リーホーム」と名づける予定でした

プレ男誕生日に結婚して、奥さんの名前をつけた家を建てる…ロマンチックだなあ。
1884年2月、2通の電報
- 1884年2月12日、アリスは女の子を出産し、母と同じ「アリス」と名づけました
- 州都オールバニーで議会に出ていたセオドアは、無事に生まれたという電報を受けとります
- ところが翌日、2通目の電報が届きました。妻アリスの容体が悪くなっている、という知らせでした
- 1884年2月14日、セオドアがかけつけた枕もとで、アリスは亡くなりました。NPS は、死因をブライト病とし、出産にともなう合併症だったと説明しています
- 同じ2月14日、母マーサも腸チフスで亡くなりました。48歳でした
日記の×印と、「光が消えた」
- その日、セオドアは日記に大きな×印を書き、その下にこう書きました
- 「the light has gone out of my life(私の人生から光が消えた)」
- アリスと母マーサは、ともにブルックリンのグリーンウッド墓地に葬られています

メル美娘が生まれて2日後に、奥さんとお母さんを同じ日に…。言葉にならないね。
ダコタの牧場へ
- 悲しみのなか、セオドアは多くの時間をダコタ準州の牧場で過ごすようになります
- 生まれたばかりの娘アリスと、オイスターベイの家の建設は、いちばん上の姉アンナ(愛称バミー)にまかせました
- 1886年にセオドアがこの家に移り住んだとき、家の名前は「リーホーム」から「サガモア・ヒル」に変わっていて、娘アリスは2歳になっていました
幼なじみのイーディス
- イーディス・カーミット・カーロウは、1861年8月6日、ニューヨークに生まれました。セオドアの妹コリンヌと同い年で、近所に住む幼なじみです
- セオドアの母ミッティはイーディスをかわいがり、自分の子どもたちといっしょに勉強させました。一家の旅行にもよく誘われ、家族の一員のようだったといいます
- NPS によると、ルーズベルト家の多くの人は、イーディスが年ごろになればセオドアと結ばれると思っていました。離れているときは手紙をやりとりする仲でした
- ところが、セオドアがハーバード大学に入ったころ、2人は仲たがいをして、手紙も途絶えてしまいます。ちょうどそのころ、セオドアはアリスと出会ったのです
姉の家での再会、1886年の再婚
- ダコタから戻ったセオドアは、姉アンナの家で、偶然イーディスと再会しました
- 2人は1886年12月2日に結婚。サガモア・ヒルを生涯の家とし、5人の子どもと、継娘のアリスを育てました
- 大統領時代(1901〜1909年)、イーディスは表に出て政治に関わることはありませんでしたが、夫の大切な相談相手でした。セオドアは「彼女の判断にさからうと、いつも後悔する」と言っていたそうです
- セオドアは1919年1月6日、サガモア・ヒルで亡くなりました。イーディスは1948年に87歳で亡くなり、夫のとなりに葬られています。墓石に刻んだ一文は、「彼女のしたことはすべて、ほかの人の幸せのためだった」

1884年2月14日、ルーズベルトは妻アリスと母マーサを同じ日に亡くし、日記に×印と「私の人生から光が消えた」と書きました。そのあと、幼なじみのイーディスと姉の家で再会し、1886年に再婚しています。
娘アリスのその後
- 娘のアリス・リー・ルーズベルトは、父が大統領になると、ワシントンの新聞が毎日のように取りあげる人気者になりました
- 父セオドアは「私にできるのは2つのうち1つだ。アメリカ合衆国の大統領を務めるか、アリスを手なずけるか。両方はとても無理だ」と言ったと伝えられています
- アリスは1906年に下院議員ニコラス・ロングワースと結婚し、1980年まで生きました
デートで話すなら
- 「ルーズベルトは、誕生日に結婚した」「大統領が『娘を手なずけるのと大統領の両方は無理』と言った」は、話のタネになります
- いっぽうで、バレンタインデーの悲しみから、幼なじみとの再会までの流れは、静かに話したい実話かもしれません
ほかの男女の実話は、リンカーンとメアリー・トッドや、ヴィクトリア女王とアルバート公もどうぞ。
まとめ
- セオドアはハーバード在学中にアリス・リーと出会い、22歳の誕生日(1880年10月27日)に結婚
- 1884年2月12日に娘アリスが生まれ、2月14日に妻アリスと母マーサが同じ日に亡くなった
- 日記には×印と「私の人生から光が消えた」
- ダコタの牧場で過ごしたあと、幼なじみのイーディスと姉の家で再会し、1886年12月2日に再婚
参考文献
- National Park Service, Sagamore Hill National Historic Site. Alice Hathaway Lee Roosevelt. https://www.nps.gov/people/alice-hathaway-lee-roosevelt.htm (閲覧日:2026年10月22日)
- National Park Service, Theodore Roosevelt Birthplace National Historic Site. Martha “Mittie” Bulloch Roosevelt. https://www.nps.gov/people/martha-mittie-bulloch-roosevelt.htm (閲覧日:2026年10月22日)
- National Park Service. Edith Carow Roosevelt. https://www.nps.gov/people/edith-carow-roosevelt.htm (閲覧日:2026年10月22日)
- National Park Service, Sagamore Hill National Historic Site. Alice Roosevelt Longworth. https://www.nps.gov/people/alice-roosevelt-longworth.htm (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。