
メル美芥川龍之介の『奉教人の死』は、長崎のキリシタンの話なの。最後に、すごいどんでん返しがあるんだよ。

プレ男どんでん返し?気になる…。
今回は、芥川龍之介の短編『奉教人の死』(ほうきょうにんのし)です。青空文庫の本文(底本:筑摩書房『現代日本文学大系43 芥川龍之介集』)で読みました。初出は『三田文学』1918年(大正7年)9月、本文の末尾には「(大正七年八月)」とあります。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。キリスト教の言葉は、作中の表記(「でうす」など)のまま紹介します。
※この作品には、人が亡くなる場面があります。
「ろおれんぞ」
- むかし、長崎の教会(えけれしや)「さんた・るちや」に、「ろおれんぞ」という少年がいました。ある年の降誕祭の夜、教会の戸口に飢えてたおれていたのを、信者たちが助け、神父(伴天連)のはからいで教会に養われることになったのです
- 身の上をたずねると、故郷は「はらいそ」(天国)、父の名は「でうす」(天主)と、笑ってまぎらわすばかり。手首には青い玉の念珠(こんたつ)
- 信心は幼いのに長老たちが舌をまくほど堅く、顔は「玉のやうに清らか」、声は「女のやうに優しかつた」
- 修道士(いるまん)の「しめおん」は、もと大名に仕えた槍の家柄の剛力の男。ろおれんぞを弟のようにかわいがり、二人のむつまじさは「とんと鳩になづむ荒鷲のやう」と言われました
傘張りの娘
- 3年あまりたち、ろおれんぞが元服する年ごろになると、町の傘張りの娘が、ろおれんぞと親しくしているといううわさが立ちます。娘は祈りのあいだも、香炉をさげたろおれんぞから目をはなしませんでした
- 神父にたずねられて、ろおれんぞは涙声で「そのやうな事は一向に存じよう筈もござらぬ」
- しめおんが娘の恋文を見つけて問いつめると、ろおれんぞは「私はお主にさへ、嘘をつきさうな人間に見えるさうな」と部屋を出ていき、すぐにかけもどってきて、しめおんの首を抱き、「私が悪かつた。許して下されい」とささやいて走り去りました
破門
- まもなく、傘張りの娘が身ごもり、「腹の子の父親は、『さんた・るちや』の『ろおれんぞ』ぢや」と父に告げます
- ろおれんぞは言いわけもできず、破門されて教会を追われます。欺かれたと怒ったしめおんは、木枯らしの中を出ていくろおれんぞの美しい顔を、こぶしで打ちました
- ろおれんぞは起きあがり、涙ぐんだ目で空を仰いで祈ります。「御主も許させ給へ。『しめおん』は、己が仕業もわきまへぬものでござる」

プレ男なぐられても、相手のために祈るなんて…。
乞食になっても
- その後のろおれんぞは、町はずれで寝起きする「世にも哀れな乞食」。子どもたちにあざけられ、熱病にかかって七日七夜道ばたに伏したこともありました
- それでも朝夕の祈りは忘れず、念珠の青い玉の色も変わらなかった。そして夜ごと、人の寝しずまったころ、ひそかに「さんた・るちや」へ祈りに通っていたのです。けれど、それを知る者はだれもいませんでした
- 娘は女の子を産みます。しめおんは、ひまがあるたびに傘張りの家をたずねて、その子を抱き、涙をうかべて、ろおれんぞのことを思いしたっていました
大火の夜
- 1年あまりのち、長崎の町の半ばを焼いた大火。傘張りの家も炎につつまれ、逃げだしてみると、娘の赤ん坊がいません
- しめおんは炎の中へ向かいますが、火の勢いにおされてもどり、「詮ない事とあきらめられい」と言います
- そのとき、「御主、助け給へ」と高くさけぶ声。乞食の姿のろおれんぞでした。ろおれんぞは、まっしぐらに火の柱、火の壁の中へ
- 人々は言いあいます。さすが親子の情は争えない、自分の子を救いに火に入ったのだ——
- やがて、髪をふりみだしたろおれんぞが、赤ん坊を抱いて炎の中からあらわれます。その瞬間、燃えつきた梁が折れ、姿は見えなくなりました。けれど、ろおれんぞが必死に投げた赤ん坊は、娘の足もとへ、怪我もなくころがり落ちていたのです
- しめおんが火の中へとびこみ、焼けただれたろおれんぞを救いだしました
娘の懺悔
- 教会の門に横たえられた、息もたえだえのろおれんぞ。そのとき、赤ん坊を抱いた娘が、神父の足もとにひざまずいて懺悔(こひさん)します
- 「この女子は『ろおれんぞ』様の種ではおぢやらぬ」。ほんとうは、隣の異教徒の男とのあいだの子だった。ろおれんぞを恋いしたっていたのに、あまりにつれなくされたので、怨んで、うそを言ったのだ、と
- 人々のあいだから、「まるちり」(殉教)だ、という声が波のように起こります。ろおれんぞは罪人をあわれむ心から、乞食にまで身を落としたのだ

メル美無実の罪を、だまって引きうけていたんだね…。
「ろおれんぞは女ぢや」
- 神父が、ろおれんぞの徳行をたたえようとして、ふと口をつぐみ、足もとの姿を見つめます。神父の頬には、涙があふれていました
- 焦げやぶれた衣のすきまから、明らかになったこと——「おう、『ろおれんぞ』は女ぢや。『ろおれんぞ』は女ぢや」
- 邪淫の戒めを破ったとして教会を追われたろおれんぞは、傘張りの娘と同じ、この国の女だったのです
- 人々は、風に吹かれる穂麦のように頭をたれ、ろおれんぞのまわりにひざまずきました。神父の経の声がやんだとき、「ろおれんぞ」と呼ばれたこの国の若い女は、安らかなほほえみをうかべて、静かに息を引きとりました
- 「なべて人の世の尊さは、何ものにも換へ難い、刹那の感動に極るものぢや」
「れげんだ・おうれあ」
- 小説の後半(二)で、語り手の「予」は、この話は自分が所蔵する長崎の耶蘇会出版の書物『れげんだ・おうれあ』の下巻第二章によったもので、発表のために多少の文飾をくわえた、と書いています

『奉教人の死』の「ろおれんぞ」は、傘張りの娘の子の父だと言われて教会を追われ、乞食になっても祈りつづけます。大火の夜、娘の赤ん坊を救って息を引きとるとき、ろおれんぞが女性だったことが明らかになります。
まとめ
- 『奉教人の死』は芥川龍之介の短編。初出は『三田文学』1918年9月
- 長崎の教会「さんた・るちや」の美しい少年「ろおれんぞ」と、兄のように慕う「しめおん」
- 傘張りの娘の子の父だと言われ、破門。乞食になっても、夜ごとひとり祈る
- 長崎の大火の夜、炎の中から娘の赤ん坊を救う
- 娘の懺悔——子の父はろおれんぞではなかった。そして「ろおれんぞは女ぢや」
- 芥川の好色、袈裟と盛遠、聖書の人物を語った太宰の駈込み訴えもどうぞ
参考文献
- 芥川龍之介. 奉教人の死(底本:『現代日本文学大系43 芥川龍之介集』筑摩書房). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000879/card49.html (閲覧日:2026年10月12日)
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