
プレ男好きな人と結婚して有罪になる、なんてことが本当にあったの?

メル美アメリカでは、60年くらい前まで、肌の色がちがう人どうしの結婚を禁じる州があったんだって。
こんにちは、Dr. Taro です。 「大人の教養」の男女の実話シリーズ、今回は、アメリカの連邦最高裁判所の判決に名前を残した夫婦、ミルドレッドとリチャードのラビング夫妻です。判決の名前は「ラビング対バージニア州」(Loving v. Virginia、1967年)。米国議会図書館が公開している判決文の原文から、夫妻に起きたことをたどります。
1958年6月、ワシントンで結婚
- 判決文によると、1958年6月、バージニア州に住む2人、黒人女性のミルドレッド・ジーターと、白人男性のリチャード・ラビングが、ワシントンD.C.で、その地の法律にしたがって結婚しました
- 結婚してまもなく、2人はバージニア州に戻り、キャロライン郡で新しい暮らしを始めました
「25年間、州に戻るな」
- 1958年10月の開廷期に、郡の大陪審は、夫妻を異人種間の結婚を禁じる州法に違反したとして起訴しました
- 1959年1月6日、夫妻は罪を認め、懲役1年の判決を受けました。ただし裁判官は、「夫妻がバージニア州を離れ、25年間2人そろって州に戻らない」ことを条件に、刑の執行を25年間猶予しました
- 当時のバージニア州法では、白人と「有色人」が結婚すると重罪で、1年以上5年以下の刑務所での刑とされていました
- 判決文には、このときの裁判官の言葉も引用されています。「全能の神は、人種をつくり、それぞれを別々の大陸に置いた。…神が人種を分けたことは、混ざることを意図しなかったことを示している」

メル美結婚しただけで、生まれた州に住めなくなるなんて…。
9年かかった裁判
- 有罪判決のあと、夫妻はワシントンD.C.に移り住みました
- 1963年11月6日、夫妻は、自分たちが違反したとされた州法は合衆国憲法修正第14条に反するとして、判決の取り消しを州の裁判所に申し立てました
- 申し立てが決まらないまま、1964年10月28日には、連邦地方裁判所に集団訴訟も起こしました
- 州の裁判所は申し立てを退け、州の最高裁にあたるバージニア州最高上訴裁判所も、州法は合憲だと判断しました。夫妻は連邦最高裁に上訴します
- 最高裁では、日系アメリカ人市民同盟(Japanese American Citizens League)も、夫妻の側に立つ意見を述べています
当時、16の州が禁じていた
- 判決文によると、当時バージニア州は、人種の区分にもとづいて結婚を禁じ、罰していた16の州の1つでした
- バージニアの制度は、第一次世界大戦のあとの1924年に作られた「人種純血保全法」(Racial Integrity Act)にさかのぼります
- 最高裁は、この法律が禁じていたのは白人が白人以外と結婚することだけだった点を指摘し、法律の目的は「白人至上主義を保つためのもの」だと述べました
1967年6月12日、全員一致の判決
- 1967年4月10日に弁論が開かれ、6月12日に判決が言い渡されました。法廷意見はウォーレン長官が書きました。反対意見はなく、スチュワート判事も結論に賛成する短い意見を添えています
- 最高裁は、人種だけを理由に結婚を禁じる州法は、修正第14条の平等保護条項と適正手続条項に反すると判断しました
- 判決文には、こう書かれています。「結婚の自由は、自由な人々が秩序ある幸福の追求をするうえで欠かせない、大切な個人の権利の1つとして、長く認められてきた」
- そして、「憲法のもとでは、異なる人種の人と結婚する、またはしない自由は、個人にあり、州が侵すことはできない」
- 最後の一文は、「有罪判決は破棄されなければならない。そのように命じる」です

1967年、アメリカの連邦最高裁は「異なる人種の人と結婚する、またはしない自由は個人にあり、州が侵すことはできない」と判決しました。1958年に結婚したラビング夫妻が、9年かけて勝ちとった判決です。
話題にするなら
- 夫妻の名字「Loving(ラビング)」は、英語の「loving(愛する)」と同じつづりです。判決の名前は「Loving v. Virginia」。愛する人と結婚する自由をめぐる裁判に、ぴったりの名前になりました
- 同じころのアメリカでは、学校の人種分離を違憲としたブラウン判決(1954年)や、公民権法(1964年)など、差別をなくす大きな動きが続いていました
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まとめ
- 1958年6月、ミルドレッドとリチャードはワシントンD.C.で結婚し、故郷のバージニア州に戻った
- 異人種間の結婚を禁じる州法違反で起訴され、1959年1月6日、「25年間州に戻らない」ことを条件に刑を猶予された
- 当時、人種で結婚を禁じていたのは16の州
- 1967年6月12日、連邦最高裁は「結婚する、またはしない自由は個人にあり、州は侵せない」と判決した
参考文献
- Supreme Court of the United States. Loving v. Virginia, 388 U.S. 1 (1967). United States Reports(米国議会図書館). https://tile.loc.gov/storage-services/service/ll/usrep/usrep388/usrep388001/usrep388001.pdf (閲覧日:2026年10月22日)
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