※この作品には、重い病気と、大切な人を亡くす悲しみがえがかれています。

メル美「風立ちぬ」って、題名はよく聞くけど、原作の小説はどんなお話なんだろう。

プレ男「いざ生きめやも」って、どういう意味なのかも気になってた。
今回は、堀辰雄の小説『風立ちぬ』(かぜたちぬ)です。青空文庫の本文(底本:小学館『昭和文学全集 第6巻』)で読みました。青空文庫の図書カードによれば、序曲と「風立ちぬ」は「改造」1936年12月号、「冬」は「文藝春秋」1937年1月号、「春」は「新女苑」1937年4月号、「死のかげの谷」は「新潮」1938年3月号に発表され、1938年に野田書房から単行本が出ました。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
序曲:風が立った
- 冒頭には、フランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩句がかかげられています
- ある夏の日々、一面に薄の生い茂った草原で、「お前」(節子)が立ったまま絵を描き、「私」は白樺の木かげに横になっていました
- 秋も近いある午後、二人が木かげで果物をかじっていると、「何処からともなく風が立った」。草むらで、置きっぱなしの絵が画架ごとばったり倒れる音がします
- 立ちあがろうとする節子を、「私」は「いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように」引きとめました。そのとき、口をついて出たのが——
風立ちぬ、いざ生きめやも。
- やがて節子は、迎えにきた父と山を去っていきます。「私」は、「悲しみに似たような幸福の雰囲気」を、いまもはっきりよみがえらせることができる、とふり返っています

プレ男風が吹いて、絵が倒れた。その一瞬を、ずっと覚えてるんだ。
春:婚約と病気
- 「私」は節子と婚約します。節子は病気で、父は療養先をさがしていました。節子は「Fのサナトリウム」はどうか、と言っていた
- 二人は、八ヶ岳山麓のサナトリウムへ行く準備をはじめます。院長は節子に「なあに大したことはないでしょう」と言いのこしますが、駅で「私」にだけ、節子の容態をこまかく説明しました
- 「私」は節子と一緒に山へ行くことにします。むかしから、淋しい山の中で、かわいらしい娘と二人きりで暮らすことを夢みていた、と打ちあけると、節子は「あなたはときどき飛んでもないことを考え出すのね……」
風立ちぬ:サナトリウムの日々
- サナトリウムでは、病棟のいちばん奥の二階の第一号室。節子はすぐベッドで安静を命じられます
- 院長は「私」を窓ぎわにつれていき、レントゲンの写真を見せました。左の胸には、「まるで暗い不思議な花のような」病巣ができていた
- 春と夏がほとんど同時に押しよせ、新緑が病室まで色づかせます。ときおり節子が熱を出すことだけが、日々のできごとでした
- ある夕暮れ、山や丘や松林が夕日に染まるのをながめながら、節子は言います。「あなたはいつか自然なんぞが本当に美しいと思えるのは死んで行こうとする者の眼にだけだと仰しゃったことがあるでしょう。……私、あのときね、それを思い出したの」
- 秋になると、ほかの患者が亡くなっていき、「私」は不安にとらわれていきます

メル美きれいな景色を、いっしょに見ていられる時間が、かぎられているかもしれない…。
冬:二人の物語を書く
- 「私」は、節子のことを小説に書こうと思い立ちます。「おれ達がこうしてお互に与え合っているこの幸福」を
- 「私」の頭を離れない主題は、こうでした。「真の婚約の主題——二人の人間がその余りにも短い一生の間をどれだけお互に幸福にさせ合えるか?」
- 夜、ひとつの明かりの下で、「私」は物語を書きつづけ、節子はいるのかいないのかわからないほど静かに寝ています
- 「私」は自分に問いかけます。「あのような幸福な瞬間をおれ達が持てたということは、それだけでももうおれ達がこうして共に生きるのに値したのであろうか?」
- 12月、節子は「私」の知らないあいだに少量の喀血をし、それを黙っていました。ある夕方、遠くの山にできた影を「お父様の横顔にそっくり」と言った節子に、「私」が「お前、家へ帰りたいのだろう?」とたずねると、節子は「ええ、なんだか帰りたくなっちゃったわ」——「御免なさいね。……だけど、いま一寸の間だけだわ」
死のかげの谷:雪の山小屋で
- 「一九三六年十二月一日 K・・村にて」。ほぼ3年半ぶりに、「私」は雪にうもれた村をおとずれ、谷の山小屋でひとり冬をすごします。夏に来る外国人たちは、この谷を「幸福の谷」と呼んでいるといいます
- 節子は、もういません。「私」は、ときに、そばに「お前」がいるように感じ、ときに、「お前」がまったくよみがえってこないことに苦しみます
- 注文していたリルケの「レクイエム」(鎮魂歌)がとどき、「私」は暖炉のそばで読みはじめます。「未だにお前を静かに死なせておこうとはせずに、お前を求めてやまなかった」自分に、後悔に似たものを感じながら
- クリスマスイブの夜、谷を帰ってくると、自分の小屋の明かりが、思っていたよりずっと遠くまで谷を照らしていたことに気づきます。「おれは、おれの人生のまわりの明るさなんぞ、たったこれっ許りだと思っているが、本当はこのおれの小屋の明りと同様に、おれの思っているよりかもっともっと沢山あるのだ」
- 年の暮れ、「私」は思います。「おれは人並以上に幸福でもなければ、又不幸でもないようだ」。そして、ヴェランダに立ち、遠くで風がざわめいているのに、耳をかたむけつづけます

プレ男最初に風が立って、最後も風の音を聞いてる。悲しいけど、生きていこうとしてる感じがする。

堀辰雄の『風立ちぬ』で、「私」が節子とのサナトリウムの日々に考えつづけた主題は、「二人の人間がその余りにも短い一生の間をどれだけお互に幸福にさせ合えるか」でした。
まとめ
- 『風立ちぬ』は堀辰雄の小説。1936〜1938年に雑誌に発表、1938年に野田書房から刊行
- 夏の草原で風が立ち、「風立ちぬ、いざ生きめやも」
- 病気の婚約者節子と、八ヶ岳山麓のサナトリウムですごした日々
- 「二人の人間がその余りにも短い一生の間をどれだけお互に幸福にさせ合えるか」
- 3年半後、雪の山小屋でリルケの「レクイエム」を読む「私」
- 切ない恋の物語は野菊の墓、不如帰、こころもどうぞ
参考文献
- 堀辰雄. 風立ちぬ(底本:『昭和文学全集 第6巻』小学館). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/001030/card4803.html (閲覧日:2026年10月12日)
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