
プレ男「今戸」って、浅草のあたりの地名だよね?

メル美うん。隅田川ぞいの町。明治の吉原の遊女と、二人の客の話なんだって。
今回は、広津柳浪(ひろつ・りゅうろう)の短編『今戸心中』です。青空文庫の本文(底本:『日本の文学 77 名作集(一)』中央公論社)で読みました。初出は『文芸倶楽部』1896年(明治29年)7月です。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、遊廓で働く女性の暮らしと、自ら死をえらぶ結末がえがかれています。
吉原の夜、吉里と二人の客
- 舞台は明治の吉原。十一月、酉の市を明後日にひかえた夜です
- 吉里は、この店の「二枚目」をはる遊女。年は二十二、三。美人というより「男好きのする丸顔」で、気の強いところがあります
- 吉里が心から思っている客は、平田。二十六、七歳の、男の目から見ても男らしい男です。平田はいつも友人の西宮と連れだって来ます。西宮は、この店でいちばん上の遊女「お職」の小万のなじみで、吉里は西宮を「兄さん」とよんで慕っていました
- もう一人の客が、富沢町の古着屋・美濃屋の善吉。四十ばかりの男で、一年ほど前から毎晩のように通ってきますが、吉里は「顔を見るのもいやなんだもの」と冷たくあしらい、ひと晩じゅう顔を見せないことも多かったのです
「明日の夜汽車で」
- その夜、西宮は吉里に、言いにくい話をします。平田の父が商売で損をして気がぬけたようになり、幼い弟や妹もいる。母はもう亡くなっている。平田は故郷の岡山へ帰って家を立てなおさなければならない、そしてすぐにまた東京へ出てくるあてもない、と
- 吉里は泣きながら、ついに承知します。せめて出発の前にもう一度連れてきて、とたのむ吉里に、西宮は答えます。「新橋の、明日の夜汽車で」
- 吉里は顔色を変え、歯をくいしばって、たおれてしまいました

メル美今夜が最後だって、その場で知らされたんだね…。
別れの朝と、上野の汽車
- 明け方、平田は帰りじたくをします。吉里はその帯のはしにすがりつき、平田は涙を流しながら、帯を引く勇気も出ません
- 平田は人力車で去り、吉里は自分の部屋へかけこんで泣きくずれます
- その朝、吉里の部屋にやってきたのは、善吉でした。上野の汽車の汽笛が聞こえると、吉里は窓をあけて見送ります。「ああ、もう行ッてしまッた」
- 「あの汽車はどこへ行くんでしょうね」とたずねる吉里に、善吉は「青森まで行かなきゃ、仙台で止るんだろう」。平田が乗るのは、その日の夜の新橋の汽車でした
善吉の告白
- 湯豆腐の朝の酒の席で、善吉は「今日ッきり」もう来られない、これがお別れだと言います
- わけをたずねると、善吉は打ちあけました。吉里のもとに通いはじめてから一年たらずのうちに、店はなくなり、家は他人のものになり、自分は宿なしになった。妻のお千代は、夫婦そろって乞食にもなれないから、実家へ返してしまった、と
- 吉里は「冷遇ながら産を破らせ家をも失わしめたか」と思い、全身の血が冷えるような気がします
- 善吉の真情が身にしみる一方で、平田が恋しくてたまらない。善吉の妻のかわいそうさに、平田に別れた自分のはかなさがかさなり、吉里は泣きだします。「善さん、勘忍して下さいよ。実に済みませんでした」
- 吉里は善吉の財布をおしもどし、「これから頼りになッておくんなさいよ」と言います。そう言った瞬間、平田のことが「電光のごとく」心にひらめき、吉里は全身をふるわせました

プレ男あれだけ冷たくしていた人に、「頼りになって」って…。
変わっていく吉里
- その日から善吉は四日も店にいつづけます。吉里がひきとめたのでした。平田が別れに残していった十円は善吉のためにすべてつかい、着物まで質に入れました
- それから善吉は三日にあげず通ってきますが、十二月の十日ごろからは店にあがらなくなり、頭巾をかぶって、こっそり会いにくるようになります
- 浴場では、遊女たちが吉里のうわさをしていました。平田とくらべものにもならない善吉を、なぜ情夫にしたのか。あちこちからお金や帯や指輪を借りたまま返さない、と
- 吉里は十日ほど店に出ず、化粧もせず、二つも年をとったように見えます。夜、平田の写真と手紙をとりだして泣き、窓の下からの低い口笛が聞こえると、そっと窓をあけて、結び文を手にしていました
煤払いの日、預けられた手紙
- 年末の煤払いの日、吉里はひどく酔って小万の部屋にあらわれ、平田との別れの夜のことを「私しゃ忘れやアしないよ」とくりかえします
- そして、平田からの手紙の束を小万にわたし、西宮から平田へ返してほしい、とたのみます。「私しゃ善さんが可愛いんさ。平田さんよりいくら可愛いか知れないんだよ」
- 小万は「薄情」だとあきれ、もう口もきかないと言いはなちます。吉里は「きッと平田さんへ届けておくんなさいよ」と言いのこして出ていきました
書き置きと、二足の草履
- その日の夕方、吉里がいなくなったと店じゅうが大さわぎになります。裏口があいていました
- 小万が手紙の包みをひらくと、間から写真と書き置きが出てきます。「よんどころなく覚悟を極め申し候」。平田にも、西宮にも、小万にも「済みませぬ」とわび、「誠の心は写真にて御推もじ下されたく」と書いてありました
- 写真は、平田と吉里のものを表と表を合わせ、裏に大きく「心」の字を書いて、十文字にからげてありました
- 次の日、浅草警察署の調べで、今戸の橋場寄りの路地に吉里が着ていった半天が、隅田川の岸に遊女の上草履と男物の麻裏草履が、ぬぎすててあったことがわかります
- 翌年一月末、永代橋の上流に流れついた女性の着物は、まさしく吉里のものでした。お熊が箕輪の無縁寺にほうむり、小万はお梅をやって、七日ごとに花と香をそなえさせました

『今戸心中』の吉里は、平田に別れたあと、冷たくしつづけた善吉が自分のために店も家も失っていたと知り、「これから頼りになッておくんなさいよ」と言いました。そう言った瞬間にも、平田のことが心にひらめいていた、と作品はえがいています。
まとめ
- 『今戸心中』は、広津柳浪の短編(1896年7月『文芸倶楽部』初出)
- 吉原の遊女・吉里は、心から思う客・平田と、家の事情で別れることになる
- 別れの朝、そばにいたのは、冷たくしつづけた客・善吉。善吉は吉里のもとに通ううちに店も家も失い、妻を実家へ帰していた
- 吉里は善吉を「頼り」にしはじめるが、平田の写真と手紙を手ばなせない
- 最後に、表と表を合わせた二人の写真と書き置きを残して姿を消し、隅田川の岸には二足の草履が残された
- 吉原の歴史は吉原の歴史、遊女と客の物語は樋口一葉『にごりえ』、心中の実話は『曽根崎心中』は実話だったもどうぞ
つらい気持ちのときは
- 作品には、自ら命を絶つ場面が出てきます。もし今、死にたい気持ちや、ひとりで抱えきれない悩みがあるときは、厚生労働省の「まもろうよ こころ」で、電話やSNSの相談窓口を探せます(つらいときの相談先)
参考文献
- 広津柳浪. 今戸心中(底本:『日本の文学 77 名作集(一)』中央公論社、1970年。初出:『文芸倶楽部』1896年7月). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000295/card42145.html (閲覧日:2026年10月22日)
- 厚生労働省. まもろうよ こころ. https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/ (閲覧日:2026年10月22日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。