
メル美森鴎外の『うたかたの記』って、舞台はミュンヘンなんだって!

プレ男本物の王様も出てくるらしいね。どんな話だろう。
今回は、森鴎外の短編『うたかたの記』です。青空文庫の原文(底本:岩波文庫『舞姫・うたかたの記 他三篇』。初出は『柵草紙』明治23年(1890年)8月)で読みました。文語体の作品なので、Claude が現代語にして紹介します。
※この話には、少女がおそわれそうになる場面や、人が亡くなる場面があります。この記事では、くわしい描写は省いています。
上:カフェ「ミネルワ」の少女
- バイエルンの都ミュンヘン。美術学校の学生エキステルに連れられて、カフェ「ミネルワ」にやってきたのは、遠い日本の画家・巨勢(こせ)です
- 学生たちの輪の中に、ひとりだけ少女がいました。年は17、8。ヴィーナスの古い彫像にもまけない顔立ちで、自然な気高さがあります
- 巨勢は、ミュンヘンに来たわけを語ります。6年前の謝肉祭の最後の日、カフェ・ロリアンで、栗売りの少年と菫売りの少女を見かけた。大きな犬におどろいた少女は、売りものの菫を床にまき散らし、泣いて店を出ていった。巨勢は追いかけて、財布の中の7、8マルクを少女の籠に置いてやった——
- その少女の美しい目が忘れられず、巨勢は、彼女の姿で「ローレライ」の絵をかこうとしているのでした
- 話を聞いていた少女は立ちあがり、「われはその菫花うりなり。君が情の報はかくこそ。」と言って、巨勢の額にキスをしました

プレ男6年前に助けた菫売りの子が、目の前にあらわれた!?
- からかう学生たちに、少女は水を口にふくんで吹きかけ、美術を学ぶ者はみな昔の巨匠の「幽霊」ではないか、と言いはなって出ていきます
- エキステルによると、彼女は美術学校のモデルで「ハンスル」という名。ふるまいが変わっているので「狂女」とよぶ人もいるのでした
中:マリイの身の上
- 一週間後、巨勢のアトリエにやってきた少女は、ほんとうの身の上を語ります
- 本名はマリイ。父は、国王に愛された画家スタインバハでした
- マリイが12のとき、王宮の夜会で、国王が母を追いまわしているところに父が行きあわせ、「許したまへ、陛下」と王を押したおしてしまいます。父は王に組みしかれて打たれ、まもなく病んで亡くなりました
- 国王は、昼寝のうわごとで「マリイ」と何度も言ったといいます。母の名も、マリイでした
- 母も病み、貧しさのなかで、マリイは菫を売るようになります。母が亡くなる前の三、四日を安らかに過ごせたのは、巨勢がくれたお金のおかげでした
- その後、引きとられた先で、知らない男に湖へ連れていかれ、おそろしい目にあいそうになったマリイは、湖に飛びこみました。助けてくれた漁師ハンスル夫婦の娘として育てられ、イギリス人の家で働きながら、たくさんの本を読んだのでした
- 「見玉へ、我学問の博きを。……ああ、かういふも狂気か。」
下:嵐のシュタルンベルク湖
- 話を聞き終えた巨勢が、思わずひざまずこうとすると、マリイは立ちあがり、「共にスタルンベルヒへ往き玉はずや」
- 汽車で湖へ。新聞の号外は、「狂人となった国王が、湖のほとりのベルク城に移された」と伝えていました
- 馬車で湖の岸を走るうち、雨と風が強くなります。マリイは帽子をぬぎすて、金色の髪を風になびかせて言いました。「けふなり。けふなり。きのふありて何かせむ。あすも、あさても空しき名のみ、あだなる声のみ。」
- 雷の鳴る林の中で、二人は「我を忘れ、わが乗れる車を忘れ、車の外なる世界をも忘れたりけむ」

メル美「きょうだけ!きのうも、あしたも意味がない」…。はかなくて、情熱的な言葉だね。
湖のほとりの王
- 雨がやんだ夕暮れ、巨勢はマリイを小舟にのせて漕ぎ出します
- すると岸辺に、背の高い男と、白いひげの老人があらわれました。男の顔を見たマリイは「彼は王なり」とさけんで立ちあがります
- 王は、まぼろしを見るようにマリイを見つめ、「マリイ」とさけんで、湖の浅瀬に入ってきました。マリイは気を失って水に落ち、巨勢は必死に引きあげて、漁師の家へ漕ぎもどります。けれど、マリイは息をふきかえしませんでした
- 「消えて迹なきうたかたのうたてき世」——巨勢は、亡きがらのそばで夜を明かします
1886年6月13日
- 作品はこう結ばれます。1886年6月13日の夕方7時、バイエルン王ルートヴィヒ2世は湖でおぼれて亡くなり、救おうとした侍医グッデンも、ともに命を落とした
- ミュンヘンは大さわぎになりましたが、「レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已みぬ」
- 3日後、エキステルがアトリエをのぞくと、すっかりやせた巨勢が、「ローレライ」の絵の下にひざまずいていました

『うたかたの記』は、1886年6月13日にバイエルン王ルートヴィヒ2世が湖で亡くなった夕べに、同じ湖で少女マリイも命を落とした、という形で結ばれています。王の死の知らせのかげで、少女の死は「問ふ人もなくて已みぬ」と書かれています。
まとめ
- 『うたかたの記』は、森鴎外の短編(明治23年8月『柵草紙』)。舞台はミュンヘンとシュタルンベルク湖
- 日本の画家巨勢が6年前に助けた菫売りの少女は、美術学校のモデルマリイだった
- マリイの母は国王に思われ、父は王と争って亡くなった
- 嵐の湖で「けふなり。けふなり。」。そして岸辺にあらわれた王の「マリイ」の声に、彼女は湖に落ちる
- 結末は、1886年6月13日のルートヴィヒ2世の死と重なる。少女の死は「問ふ人もなく」
- 鴎外のドイツの物語は『舞姫』、再会の物語は『普請中』もどうぞ
参考文献
- 森鴎外. うたかたの記(底本:岩波文庫『舞姫・うたかたの記 他三篇』岩波書店). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card694.html (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。