
プレ男「恩讐の彼方に」って、題名がかっこいいね。

メル美罪をおかした男と、その男を仇としてさがす若者の話なの。
今回は、菊池寛の短編『恩讐の彼方に』です。青空文庫の本文(底本:文芸春秋『菊池寛 短編と戯曲』)で読みました。本文中の「」の言葉は、青空文庫の本文からの引用です。
※この作品には、人を殺す場面、自ら死のうとする思いがえがかれています。
主殺し
- 安永3年の秋の初め。浅草田原町の旗本・中川三郎兵衛の家来、市九郎は、主人の寵愛する妾と「非道な恋」をしたことを責められ、主人に斬りつけられます
- はじめは逃げるだけだった市九郎は、左の頬に一太刀うけて血を見たとたん、心が変わり、主人の脇腹を横に薙いでしまいました
- 主殺しの大罪に気づき、自害しようとしたそのとき、屏風のうしろから妾のお弓の声。「有り金をさらって逃げるとしよう」。市九郎は、女の意志で動く「傀儡」のように立ちあがりました
- 屋敷には、父の死も知らずに眠る3歳の一人息子、実之助がのこされました
峠の強盗
- 二人は東山道を上方へ逃げ、やがて美人局、強請、ついには強盗を「正当な稼業」とするようになります
- 木曾の鳥居峠で、昼は茶店、夜は旅人を襲う。「金のありそうな旅人を狙って、殺すと巧みにその死体を片づけた」
- 3年目の春、茶店に立ち寄った若い夫婦を、市九郎は追いかけて殺してしまいます。命乞いをする女の瞳に見つめられて、刀を下ろせなかったのに、それでも殺した
- 帰った市九郎に、お弓は言います。あの女の頭のものは?「まさか、取るのを忘れたのじゃあるまいね」。お弓は自分で取りにいくと、裾をはしょってかけだしました
- その姿を見て、市九郎は「この罪悪の棲家に、この女と一緒に一刻もいたたまれなくなった」。盗んだ金と衣類を家に投げすて、逃げだしたのです

プレ男自分も人を殺してきたのに、お弓の姿を見て、はじめて「浅ましい」と思ったんだね…。
了海
- 美濃の寺にかけこんだ市九郎に、上人は言います。自首して刑を受けるのも一法だが、「仏道に帰依し、衆生済度のために、身命を捨てて人々を救うと共に、汝自身を救うのが肝心じゃ」
- 市九郎は出家して了海と名のり、諸国を旅しながら、道に困る人を助け、こわれた橋をなおします。けれど、「身に重なれる罪は、空よりも高く、積む善根は土地よりも低き」を思って、心を暗くしていました
鎖渡し
- 享保9年の秋、豊前の国の山国川の谷で、了海は、馬ごと絶壁から落ちて死んだ馬子の亡骸に出会います
- 川をさかのぼった「鎖渡し」は、10丈近い絶壁の中腹に、丸太を鎖でつないだ桟道がかかる難所。1年に3、4人、多ければ10人もの命をうばうといいます
- 了海の心に「大誓願」がうかびます。この絶壁を掘りぬいて、道を通そう。「一年に十人を救えば、十年には百人、百年、千年と経つうちには、千万の人の命を救うことができる」
槌の音
- 村々に寄進をもとめても、だれも耳をかしません。「三町をも超える大盤石を掘貫こうという風狂人じゃ」「大騙りじゃ」
- 了海は、ひとりで槌と鑿を手にとり、絶壁に第一の槌をおろしました。飛びちったのは、わずか2、3片
- 1年で深さ1丈の洞窟。4年で5丈。9年目に22間。村人は嘲笑から驚き、同情へと変わり、石工を雇って加わっては、はかどらないと去り、また加わる
- 了海は、そばにだれがいても、いなくても、槌をふりつづけました。「槌を振っていさえすれば、彼の心には何の雑念も起らなかった」。18年目、岩壁の半分を掘りぬいたころ、了海の脚は長い端座で曲がらなくなり、目はほとんど見えなくなっていました

メル美ひとりで、18年…。笑われても、だれもいなくなっても、ずっと。
仇討ちの若者
- 一方、3歳だった実之助は、13歳で父の死の真相を知り、柳生の道場で免許皆伝を受けて、19歳で仇討ちの旅に出ていました
- 27歳の春、宇佐八幡宮の茶店で、「若い時に人を殺したのを懺悔して」洞門を掘る僧の話を耳にし、樋田の刳貫(くりぬき)へ向かいます
- 洞窟から這いでてきたのは、「人間というよりも、むしろ、人間の残骸というべき」老僧でした。了海は少しもおどろかず、旧主の遺児に会った親しさで答えます。「いざお切りなされい。……この洞門の入口に血を流して人柱となり申さば、はや思い残すこともござりませぬ」
- 石工たちが了海をかばい、棟梁が実之助に願います。刳貫が通じるまで、了海の命をあずけてほしい。通じたら「即座に了海様を存分になさりませ」
敵と敵とが、ならんで
- 待ちきれなくなった実之助は、ある夜、刀を手に洞窟へ忍びこみます。奥から聞こえてきたのは、岩を打つ槌の音と、了海が経文をとなえる声でした
- 「それは、もはや人間の心ではなかった。喜怒哀楽の情の上にあって、ただ鉄槌を振っている勇猛精進の菩薩心であった」。実之助の握った太刀の柄は、いつのまにかゆるんでいました
- やがて、石工たちのなかに、武家姿の実之助がまじって槌をふるうようになります。「敵と敵とが、相並んで槌を下した」
月の光の山国川
- 了海が第一の槌をおろしてから21年目、延享3年9月10日の夜。了海のふりおろした槌が、手ごたえなく岩をつきぬけ、小さな穴から、月に照らされた山国川が見えました
- 「実之助どの。御覧なされい。二十一年の大誓願、端なくも今宵成就いたした」
- 了海は身をひいて言います。「いざ、実之助殿、約束の日じゃ。お切りなされい」
- けれど実之助は、手をこまねいて座ったまま、涙にむせぶばかりでした。「二人はそこにすべてを忘れて、感激の涙にむせび合うたのであった」——小説はここで終わります

『恩讐の彼方に』で、了海は21年かけて絶壁を掘りぬきます。父の仇を討ちにきた実之助は、ともに槌をふるい、貫通の夜、「お切りなされい」と言う了海の前で、涙にむせぶばかりでした。
まとめ
- 『恩讐の彼方に』は菊池寛の短編
- 主人を斬り、妾お弓と逃げた市九郎は、峠で旅人を襲う強盗に
- お弓の浅ましさに目ざめて逃げ、出家して了海に
- 毎年人が落ちて死ぬ山国川の「鎖渡し」。了海は絶壁をひとりで掘りぬく誓いをたてる
- 19年目にあらわれた仇の子・実之助。やがて「敵と敵とが、相並んで槌を下した」
- 21年目の夜、貫通。「お切りなされい」——二人は涙にむせびあう
- 菊池寛の藤十郎の恋、罪と救いの話は『雨月物語』の青頭巾もどうぞ
参考文献
- 菊池寛. 恩讐の彼方に(底本:『菊池寛 短編と戯曲』文芸春秋). 青空文庫. https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/card496.html (閲覧日:2026年10月12日)
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