
プレ男アメリカの年金のしくみって、いつできたんだろう?

メル美1935年の「社会保障法」(Social Security Act)で、老齢給付のしくみがつくられたの。米国立公文書館の資料で見てみよう。
この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Social Security Act (1935)」で確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。日本の年金や社会保険のしくみとはちがう、アメリカの歴史の話です。
1935年8月
- 米国立公文書館の解説によれば、1935年8月、社会保障法(Social Security Act)が成立しました(解説の本文には、8月14日と8月15日の両方の日付が出てきます。所蔵資料の記録では、法律の日付は8月14日です)
- この法律は、つぎのようなしくみをつくりました
- 労働者の老齢給付(年金)
- 労働災害の被害者への給付
- 失業保険
- 扶養される母と子、目の不自由な人、障害のある人への援助
大恐慌のなかで
- 解説によれば、1930年代より前、高齢者の支えは、退役軍人の年金をのぞけば、地域や州や家族の問題で、連邦政府の問題ではありませんでした
- けれど、大恐慌で広い範囲の人々が苦しんだことで、議会のなかに、全国的な老齢保険のしくみを求める声が高まります

プレ男それまでは、年をとったら家族が支えるしかなかったんだ…。
ルーズベルトの教書
- 1935年1月17日、フランクリン・ルーズベルト大統領は、議会に教書を送り、「社会保障」の法律を求めました
- 同じ日、ニューヨーク州のロバート・ワグナー上院議員と、メリーランド州のデイヴィッド・ルイス下院議員が、政権の考えにそった法案を出します
- 法案には、政府が私的な領域に入りこみすぎると考える人や、雇い主に追加の税を払わせたくない人たちが反対しました
- 最後には妥協案が両院を通り、ルーズベルト大統領が署名して成立しました
アメリカ流の年金
- 解説は、この法律が、老齢年金の問題に「アメリカ独特の解決」をもたらした、と書いています
- ヨーロッパの多くの国とちがって、アメリカの社会保障の「保険」は、政府の資金から直接ではなく、個人の賃金と雇い主の給与支払いにかかる税という形の「拠出」でまかなわれました
- この法律は、子ども、目の不自由な人、失業した人を助ける資金を出し、職業訓練や家族の保健のプログラムもはじめました
- そのため、社会保障の実施には、複雑な事務の課題がうまれます。法律は、社会保障委員会(Social Security Board)に、給付のための市民の登録、拠出金の管理、受給者への支払いをまかせました

メル美働いている人と雇い主が少しずつ出しあう、っていう考え方なんだね。

米国立公文書館によれば、1935年の社会保障法は、労働者の老齢給付や失業保険などのしくみをつくりました。その「保険」は、政府の資金ではなく、賃金と雇い主の給与支払いにかかる税という拠出でまかなわれました。
まとめ
- 社会保障法は、1935年8月、ルーズベルト大統領の署名で成立
- 老齢給付、労働災害の給付、失業保険、母と子・目の不自由な人・障害のある人への援助
- それまで高齢者の支えは、地域・州・家族の問題だった。大恐慌が全国的な制度を後押し
- 財源は政府の資金ではなく、賃金と雇い主の給与支払いへの税という「拠出」——「アメリカ独特の解決」
- 米国の文書はマーシャル・プラン、公民権法、ホームステッド法もどうぞ
参考文献
- U.S. National Archives. Social Security Act (1935). https://www.archives.gov/milestone-documents/social-security-act (閲覧日:2026年10月12日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。