大人の教養An Evening of Culture

第六幕Act VI — The Archive

モンロー宣言(1823年)「アメリカ大陸は、今後、ヨーロッパのどの国の植民地化の対象にもならない」。ふつうの年次教書のなかに埋もれていた一節が、やがて西半球のアメリカの政策の合言葉に。1904年の「ローズヴェルトの系論」、1962年のキューバ危機まで——米国立公文書館で読む

No.1002026年10月12日

1823年12月2日、ジェームズ・モンロー大統領は、議会への7回目の年次教書のなかで、のちに「モンロー宣言(モンロー・ドクトリン)」と呼ばれる考えを述べました。米国立公文書館によれば、それは、ヨーロッパの国々に西半球の問題に干渉しないよう警告し、これ以上の植民地化や傀儡の君主をアメリカは許さないと告げるものでした。一方で教書は、ヨーロッパの戦争にアメリカは加わらず、既存の植民地には干渉しないとも述べています。1865年のメキシコ、1904年の「ローズヴェルトの系論」、1962年のキューバ危機まで、米国立公文書館の解説と教書のトランスクリプトで紹介します。

目次
  1. 1823年12月2日の年次教書
  2. 教書の言葉
  3. 合言葉になった宣言
  4. 1865年、1904年、1962年
  5. まとめ

プレ男「モンロー主義」って、世界史で習ったけど、何だったっけ?

メル美もとは、大統領の議会へのメッセージの一節なんだって。米国立公文書館で原文を見てみよう。

この記事は、米国立公文書館(National Archives)の解説ページ「Monroe Doctrine (1823)」と、そこに掲載された教書のトランスクリプトで確かめた内容です。英文の訳は、この記事で訳したものです。

1823年12月2日の年次教書

教書の言葉

the American continents, by the free and independent condition which they have assumed and maintain, are henceforth not to be considered as subjects for future colonization by any European powers

プレ男「ヨーロッパのことには口を出さないから、アメリカ大陸にも口を出さないで」ってことか。

合言葉になった宣言

1865年、1904年、1962年

メル美「守る」ための言葉が、時代によっては「乗りこむ」理由にもなったんだね。

米国立公文書館によれば、モンロー宣言は1823年12月2日の年次教書のなかで述べられ、ヨーロッパの国々に西半球の問題に干渉しないよう警告しました。のちの1904年、ローズヴェルトの系論は、その意味を、アメリカがほかの国に乗りこむことを正当化するものへと強めました。

まとめ


参考文献

  1. U.S. National Archives. Monroe Doctrine (1823). https://www.archives.gov/milestone-documents/monroe-doctrine (閲覧日:2026年10月12日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。