ピザハット(日本):1958年にアメリカ・カンザス州で誕生。看板に8文字しか入らず、山小屋のような建物から「Pizza Hut」に。日本は1973年に進出し、1号店は東京・茗荷谷のレストラン形式の店
日本ピザハットの公式サイト「ピザハットの歴史」「会社概要」によると、ピザハットは1958年、フランクとダンのカーニー兄弟がアメリカ・カンザス州ウィチタで始めました。看板に8文字しか入らず、「Pizza」のあと3文字しか使えなかったため、建物が山小屋に似ていたことから「Hut」を加えて「Pizza Hut」にしたと説明しています。いまは世界100以上の国と地域に約2万店舗があるとしています。日本には1973年に進出し、1号店は東京の「茗荷谷店」で、当時はパスタやピラフも出すレストラン形式の店でした。会社は、「特うまプルコギ」は世界のピザハットで日本が初めて発売した商品で、生地の「みみ」にチーズやソーセージを入れたメニューを日本で最初に展開したのもピザハットだと説明しています。運営会社の日本ピザハット・コーポレーションは1973年9月創業、本社は横浜市西区みなとみらいです。

メル美ピザハットの「ハット」って、帽子のことだと思ってた。

プレ男え、ちがうの? じゃあ何の「ハット」?
今回は、ピザハット(日本)です。日本ピザハットの公式サイト「ピザハットの歴史」「会社概要」(2026年10月12日閲覧)で確認した内容をまとめました。
1958年、カンザス州で誕生
- 1958年、フランクとダンのカーニー兄弟が、大学のあったアメリカ・カンザス州ウィチタでピザハットを始めました
- 知り合いのクリーニング店の隣に空き店舗があり、「何か店を始めてみないか」と声をかけられたのがきっかけだと説明しています
- 生地の「パン」は、ピザを焼くときに使う底の厚い専用の鉄鍋「パン」に由来するとしています
「Hut」は山小屋
- 1号店の小さな看板には8文字しか入らず、「Pizza」と入れるとあと3文字しか入りませんでした
- 建物の形が山小屋に似ていたことから「Hut」を加えて「Pizza Hut」にしたと説明しています
- ロゴマークは山小屋の屋根です。日本では、帽子(Hat)と屋根(Hut)の発音が区別しにくく、帽子とまちがえられることもあるとしています

メル美帽子じゃなくて、山小屋の「ハット」だったんだ!
1973年、日本へ
- 1973年に日本に進出しました。日本の1号店は東京の「茗荷谷(みょうがだに)店」です
- 当時はレストラン形式の店で、ピザのほか、パスタをゆでたり、ピラフ用のごはんを炊いたりしていたと紹介しています
- その後、宅配ピザが広まるとともに店を増やし、全47都道府県に出店しています
日本で生まれたメニュー(会社の説明)
- 「特うまプルコギ」は、世界のピザハットの中で日本が初めて発売した商品だとしています
- 生地の「みみ」にチーズやソーセージを入れたメニューを、日本で最初に展開したのもピザハットだと説明しています
会社のこと
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 会社 | 日本ピザハット・コーポレーション株式会社 |
| 創業 | 1973年9月 |
| 本社 | 神奈川県横浜市西区みなとみらい |
| 主要株主 | ヤマエグループホールディングス |
| 従業員数(連結) | 正社員499人、アルバイト約4,000人(2026年3月末) |

日本ピザハットの公式サイトによると、「Pizza Hut」の「Hut」は山小屋のことで、日本には1973年に進出し、1号店は東京の茗荷谷店でした。
- 恵比寿で始まった宅配ピザはドミノ・ピザ(日本)、目白で始まった宅配ピザはピザーラもどうぞ
まとめ
- 1958年、カンザス州ウィチタでカーニー兄弟が始めた
- 看板の8文字と山小屋のような建物から「Pizza Hut」
- 1973年に日本へ、1号店は茗荷谷店(レストラン形式)
- 「みみ」にチーズやソーセージを入れたメニューを日本で最初に出したと説明
参考文献
- 日本ピザハット. ピザハットの歴史. https://corp.pizzahut.jp/history (閲覧日:2026年10月12日)
- 日本ピザハット. 会社概要. https://corp.pizzahut.jp/about (閲覧日:2026年10月12日)
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