スピリチュアル或いは、不可知のものをどう扱うかについて

死をどう受け入れるか ― スピリチュアルペイン、世代継承性、存在脅威管理理論、ディグニティセラピー

約8分で読めます2026年10月13日

目次
  1. 「死を受け入れる」とは、どういうことか
  2. スピリチュアルペイン ― 存在と意味が消えていく苦しみ
  3. 次の世代に手渡すもの ― 世代継承性
  4. 死の不安は、心にどう働くか ― 存在脅威管理理論
  5. 人生を言葉にして手渡す ― ディグニティセラピー
  6. 看取る側が、気をつけたいこと
  7. 科学で言えること、言えないこと
  8. まとめ

この記事の要点

「死を受け入れる」とは、どういうことか

「死を受け入れる」という言葉は、少し不思議な言葉です。

死は、受け入れても受け入れなくても、いつか必ずやってきます。それでも、私たちは「受け入れられた」「受け入れられない」という言い方をします。

おそらく、受け入れるかどうかが問われているのは、死という出来事そのものではありません。自分の人生がここで終わることに、自分なりの納得を持てるかどうか。そこが問われているのだと思います。

この記事では、その「納得」をめぐって、医療や心理学がこれまでに考えてきたことを紹介します。答えを示すためではなく、考えるための道具として読んでいただければと思います。

スピリチュアルペイン ― 存在と意味が消えていく苦しみ

世界保健機関(WHO)は、緩和ケアが向き合う苦しみとして、身体的なもの、心理社会的なものと並んで、スピリチュアルなものを挙げています。

日本の緩和ケアの現場では、哲学者の村田久行が示した定義がよく使われてきました。村田は、終末期がん患者のスピリチュアルペインを、「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義しています(Murata, 2003)。

村田は、人の存在を3つの面から考えました。

人の存在の面 死が近づくと失われるもの 生まれやすい苦しみ
時間の中の存在 将来 「この先がないなら、今を生きる意味がない」
関係の中の存在 他者とのつながり 「自分が誰なのか、わからなくなる」
自律した存在 自分で決め、自分でできること 「人の世話になるだけの自分に、生きる価値はない」

(Murata, 2003 の要旨をもとに整理。右の列の言葉は、わかりやすくするための例です)

そして村田は、ケアの方向として、それぞれの面で「死をこえた将来」「死をこえた他者」「死に向かう中での自律」を取り戻すことを挙げています。

この考え方は、のちに日本の緩和ケアの医療者・心理職・哲学者など26人のパネルが合意した枠組みにも取り入れられました。そこでは、詳しく調べるべきテーマとして、人とのつながり、自分で決められる感覚、自分らしさが続いていること、人の負担になっているという思い、次の世代に何かを残すこと、死への不安、希望、の7つが挙げられています(Murata & Morita, 2006)。

次の世代に手渡すもの ― 世代継承性

その7つのうちの「次の世代に何かを残すこと」は、心理学では世代継承性(generativity、ジェネラティビティ)と呼ばれてきました。

この言葉を広めたのは、発達心理学者のエリク・エリクソンです。エリクソンは、人の一生をいくつかの段階に分け、大人になってからの大きな課題のひとつとして、次の世代を育て、導くことへの関心を挙げました。

世代継承性は、自分の子どもを育てることだけを指すわけではありません。後輩に仕事を教えること、地域のために何かをすること、作品を残すこと、あるいは、自分が大切にしてきた考えを誰かに話すこと。自分がいなくなったあとも続いていく何かに、自分を少し手渡すことです。

先ほどの表でいえば、これは「死をこえた将来」や「死をこえた他者」とつながる道のひとつだと、私は考えています。

死の不安は、心にどう働くか ― 存在脅威管理理論

心理学には、存在脅威管理理論(terror management theory)という考え方があります。

人は、自分がいつか死ぬことを知っている。その不安から心を守るために、自分の属する文化の価値観や、自分には価値があるという感覚(自尊心)を支えにしている、という理論です。この理論からは、「死を意識させられると、人は自分の価値観をより強く守ろうとする」という予測が導かれます。

この予測を調べた実験を集めたメタ分析(164本の論文、277の実験)では、死を意識させると、価値観や自尊心に関わる反応に中くらいの大きさの変化が見られた、と報告されています(Burke ら, 2010)。

ただし、その後、この理論の代表的な実験のひとつを、17の研究室・1,550人(除外後)で再現しようとした大規模な試みでは、もとの結果を再現できませんでした(Klein ら, 2022)。

ですから、「死の不安が、人の価値観や行動を大きく動かしている」というのは、ひとつの有力な考え方ではあっても、すべてが確かめられた事実とは言えません。私は、この理論を、「人は死の不安を、意味や価値や人とのつながりで支えようとしているのかもしれない」という見取り図として受け止めるのがちょうどよいと考えています。

人生を言葉にして手渡す ― ディグニティセラピー

カナダの精神科医ハーヴェイ・チョチノフらは、ディグニティセラピーという方法を考えました。

死が近い人に、人生でいちばん大切だったこと、覚えておいてほしいことを語ってもらう。その会話を書き起こして編集し、本人が確かめた文書を、家族や友人に手渡せるようにする、という方法です。

最初の研究(2005年)では、参加した人の91%が満足し、76%が尊厳の感覚が高まった、68%が目的の感覚が高まった、81%が家族の役に立った(または立つだろう)と答えました(Chochinov ら, 2005)。ただし、この研究には比べる相手のグループがありませんでした。

そこで、カナダ・アメリカ・オーストラリアで、ディグニティセラピー、本人中心のケア、通常の緩和ケアの3つをくじで割り振って比べる研究が行われました(2011年)。その結果は、次のようなものでした。

(Chochinov ら, 2011)

つまり、つらさそのものを減らす効果は証明されていないけれど、本人が「意味があった」と感じる体験にはなりうる、というのが今のところの結論です。研究者自身も、つらさを和らげる力はまだ証明されていないと書いたうえで、死が近い人の体験を支えるものとして使う意義があるとしています。

私は、この結果がとても誠実だと思います。人生を語ることで、死の不安が消えるわけではない。それでも、自分の人生がたしかにあったと誰かに手渡せることは、その人にとって、数字にはなりにくい何かを残すのかもしれません。

看取る側が、気をつけたいこと

ここまで読んで、「では、死が近い人には人生を振り返ってもらえばいい」「受け入れられるように導いてあげよう」と思った方がいるかもしれません。

そこは、少し慎重になりたいところです。

科学で言えること、言えないこと

最後に、この記事の立ち位置を整理しておきます。

死を前にして生まれる問いは、宗教、哲学、家族との会話、その人自身の人生の中で、それぞれに答えが探されてきました。どれかひとつが正解だとは、私は考えていません。

そして、どんな考え方を支えにするとしても、治療やケアは続けながら、心の納得を支えることができます。体の痛みや、強い不安、落ち込みは、医療で和らげられることがあります。緩和ケアのチームに相談してください。死にたい気持ちが強いとき、ひとりで抱えきれないときは、こころがしんどいときの相談先も使ってください。

まとめ

参考文献

  1. World Health Organization. Palliative care(ファクトシート、2020年8月5日). https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/palliative-care (閲覧日:2026年10月13日)
  2. Murata H. Spiritual pain and its care in patients with terminal cancer: construction of a conceptual framework by philosophical approach. Palliative and Supportive Care. 2003;1(1):15-21. https://doi.org/10.1017/s1478951503030086 (閲覧日:2026年10月13日)
  3. Murata H, Morita T; Japanese Task Force. Conceptualization of psycho-existential suffering by the Japanese Task Force: the first step of a nationwide project. Palliative and Supportive Care. 2006;4(3):279-285. https://doi.org/10.1017/s1478951506060354 (閲覧日:2026年10月13日)
  4. 内藤明美、森田達也ほか. スピリチュアルペインに関する緩和ケア医と精神科医の認識に関する全国調査. Palliative Care Research. 2021;16(2):115-122. https://doi.org/10.2512/jspm.16.115 (閲覧日:2026年10月13日)
  5. Erikson EH. Childhood and Society. New York: W. W. Norton; 1950.
  6. Burke BL, Martens A, Faucher EH. Two decades of terror management theory: a meta-analysis of mortality salience research. Personality and Social Psychology Review. 2010;14(2):155-195. https://doi.org/10.1177/1088868309352321 (閲覧日:2026年10月13日)
  7. Klein RA, Cook CL, Ebersole CR, et al. Many Labs 4: Failure to Replicate Mortality Salience Effect With and Without Original Author Involvement. Collabra: Psychology. 2022;8(1):35271. https://doi.org/10.1525/collabra.35271 (閲覧日:2026年10月13日)
  8. Chochinov HM, Hack T, Hassard T, et al. Dignity therapy: a novel psychotherapeutic intervention for patients near the end of life. Journal of Clinical Oncology. 2005;23(24):5520-5525. https://doi.org/10.1200/JCO.2005.08.391 (閲覧日:2026年10月13日)
  9. Chochinov HM, Kristjanson LJ, Breitbart W, et al. Effect of dignity therapy on distress and end-of-life experience in terminally ill patients: a randomised controlled trial. Lancet Oncology. 2011;12(8):753-762. https://doi.org/10.1016/S1470-2045(11)70153-X (閲覧日:2026年10月13日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。