幽々奇譚A Nocturnal Field Guide

Haunted PlacesNo.166

「あの世の入口」と呼ばれる京都・六道珍皇寺平安京の東の葬送の地「鳥辺野」への道すじ。この世とあの世の分かれ道「六道の辻」。昼は朝廷、夜は閻魔庁につとめたという小野篁の「冥土通いの井戸」。お盆の「六道まいり」はご先祖の霊を迎える行事

京都市東山区の六道珍皇寺は、「冥界への入口」と信じられてきたお寺です。公式サイトによると、平安京の東の墓所・鳥辺野に至る道筋にあたり、ここで「野辺の送り」が行われたこと、そして小野篁が夜ごと冥府に通うのに本堂裏の井戸を使ったという伝説から、この世とあの世の境「六道の辻」と呼ばれてきました。篁の冥官伝説は『江談抄』『今昔物語』などにも見えます。お寺の由緒、井戸の拝観のしかた、8月7〜10日の六道まいり、お参りのマナーと法律をまとめました。

2026年10月22日

目次
  1. 「六道の辻」とは
  2. なぜ「あの世の入口」と言われたのか
  3. 小野篁:昼は朝廷、夜は閻魔庁
  4. お寺の由緒
  5. マジレス:井戸は「伝説」、六道まいりは「ご先祖を迎える行事」
  6. お参りするなら:マナーと法律
  7. まとめ

プレ男京都に「あの世に通じる井戸」があるお寺があるって、ほんと?

メル美六道珍皇寺だよね。どうしてそんな言い伝えがあるのか、ちゃんと知りたいな。

こんにちは、Dr. Taro です。 今回は、「冥界への入口」と言われてきた京都・東山の六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)です。お寺の公式サイトの由緒をもとに、まず歴史から見ていきます。

「六道の辻」とは

なぜ「あの世の入口」と言われたのか

公式サイトは、理由を2つあげています。

メル美家族を見送る道の途中にあったお寺なんだ。それで「あの世との境」って感じられたんだね。

小野篁:昼は朝廷、夜は閻魔庁

プレ男流罪になった人が、閻魔さまの部下っていう伝説になるなんて。それだけ有名で、ふしぎな人だったんだね。

お寺の由緒

マジレス:井戸は「伝説」、六道まいりは「ご先祖を迎える行事」

六道珍皇寺が「あの世の入口」と呼ばれたのは、平安京の東の墓所・鳥辺野への道すじにあり、ここで亡くなった人を見送ったからだ、とお寺は書いています。いまも、お盆にご先祖の霊を迎えにくる人がいるお寺です。

お参りするなら:マナーと法律

まとめ


参考文献

  1. 六道珍皇寺. 六道の辻(冥界への入口). https://www.rokudou.jp/legend/index.html (閲覧日:2026年10月22日)
  2. 六道珍皇寺. 六道珍皇寺と小野篁の不思議な伝説. https://www.rokudou.jp/legend/takamura.html (閲覧日:2026年10月22日)
  3. 六道珍皇寺. 六道珍皇寺略縁起. https://www.rokudou.jp/legend/history.html (閲覧日:2026年10月22日)
  4. 六道珍皇寺. 精霊迎え 六道まいり. https://www.rokudou.jp/visit/index.html (閲覧日:2026年10月22日)
  5. 六道珍皇寺. 拝観案内. https://www.rokudou.jp/guide/index.html (閲覧日:2026年10月22日)
  6. 軽犯罪法(昭和23年法律第39号)第1条. e-Gov法令検索. https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000039 (閲覧日:2026年10月22日)
  7. 刑法(明治40年法律第45号)第188条. e-Gov法令検索. https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045 (閲覧日:2026年10月22日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。

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  1. 心霊スポット「心霊スポット」と呼ばれることもある京都・化野念仏寺平安時代から葬送の地だった「あだし野」。山野に散らばっていた約8000体の石仏・石塔を、明治中期に地元の人たちが集めた「西院の河原」。8月の千灯供養は、無縁仏にろうそくを灯す行事
  2. パワースポットパワースポット「小野照崎神社」(入谷)百人一首の歌人で「夜は閻魔様の副官」の逸話をもつ小野篁をまつる、学問・芸能・仕事の神社。国の重要有形民俗文化財の富士塚は年に2日だけ登れる
  3. 心霊スポット「心霊スポット」と呼ばれることもある京都・一条戻橋平安京の一条大路が堀川をわたる橋。死んだ父が一時もどってきた伝説から「戻橋」に。晴明神社によると、安倍晴明は式神を橋の下に封じ、いまも嫁入りや葬式の列はこの橋をわたらない