区の特徴2026年10月4日

板橋区:名前は旧中山道が石神井川を渡る橋「板橋」から。1947年に区の一部が練馬区として分かれ、東京は23区に。高島平団地は1972年入居開始。人口は2026年に58万3,528人、2040年ごろがピークの見通し

板橋区の「板橋十景」によると、区名は旧中山道が石神井川を渡る地点にかけられた橋「板橋」が由来ともいわれています。区の年表では、1932年10月に市郡併合で東京市板橋区が誕生し、1947年8月に区の一部が分かれて練馬区ができ、東京23区になりました。1968年に都営三田線の前身が志村(現高島平)まで開通し、1972年に高島平団地の入居が始まりました。人口は1954年に30万人、1960年に40万人、1985年に50万人を超え、東京都の統計では2026年1月1日現在58万3,528人。区の人口ビジョン(2024年9月)では2030年に60万人を超え、2040年にピークを迎える見込みです。

目次
  1. 名前は、石神井川にかかる「板橋」から
  2. 練馬区が分かれて「23区」に
  3. 人口はこれからも増える見通し
  4. 平均年齢と外国人
  5. まとめ

プレ男板橋区って、本当に「板の橋」があったのかな?

メル美高島平の大きな団地も板橋区だよね。

今回は、板橋区です。板橋区の資料(板橋十景、区の歴史・年表、板橋区人口ビジョン(2025年〜2050年、2024年9月))と、東京都の統計(住民基本台帳による東京都の世帯と人口、2026年1月1日現在)で確認した内容をまとめました。住んでいる人の暮らしぶりや人柄を決めつけることは書いていません。

名前は、石神井川にかかる「板橋」から

練馬区が分かれて「23区」に

板橋区の「区の歴史・年表」によると:

年月 できごと
1932年10月 市郡併合により東京市板橋区が誕生
1947年8月 板橋区の一部を分離し、練馬区が誕生。東京23区となる(→練馬区)
1954年10月 人口が30万人を突破
1960年5月 人口が40万人を突破
1968年12月 都営地下鉄6号線(いまの都営三田線)の巣鴨〜志村(いまの高島平)間が開通
1969年12月 高島平団地の建設が始まる
1972年10月 高島平団地の入居が始まる
1985年10月 人口が50万人を突破

メル美練馬区は、もともと板橋区の一部だったんだ!

人口はこれからも増える見通し

板橋区人口ビジョン(2024年9月)によると:

平均年齢と外国人

東京都の統計(2026年1月1日現在)から:

項目 板橋区 参考
人口 58万3,528人 —
うち外国人 4万1,160人(約7.1%) 23区でいちばん高いのは新宿区(約14.5%)
平均年齢 45.73歳 区部45.17歳
1世帯あたりの人数 1.72人 区部1.75人

板橋区の人口ビジョンでは、人口は2030年に60万人を超え、2040年にピークを迎える見込みです。区の人口は、2010年から2020年にかけて大きく増えました。

まとめ


参考文献

  1. 板橋区. 板橋十景 板橋(旧中山道の仲宿付近の石神井川にかかる橋). https://www.city.itabashi.tokyo.jp/bunka/kanko/jyukei/1006821.html (閲覧日:2026年10月4日)
  2. 板橋区. 区の歴史・年表. https://www.city.itabashi.tokyo.jp/kusei/profile/1058486/1042578.html (閲覧日:2026年10月4日)
  3. 板橋区. 板橋区人口ビジョン(2025年〜2050年)(令和6年9月). https://www.city.itabashi.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/053/842/jinkovision.pdf (閲覧日:2026年10月4日)
  4. 東京都総務局統計部. 住民基本台帳による東京都の世帯と人口(令和8年1月1日現在). https://www.toukei.metro.tokyo.lg.jp/juukiy/2026/jy26qf0001.pdf (閲覧日:2026年10月4日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。