ひよ子(東京ひよ子):もとは1912年に福岡県飯塚市の「吉野堂」二代目が考えたお菓子。東京オリンピックの1964年に東京進出のため埼玉県草加市に工場を建て、1966年に「株式会社東京ひよ子」を設立
ひよ子本舗吉野堂の公式サイト「沿革」「吉野堂物語 いざ、東京へ」によると、1897年(明治30年)に初代の石坂直吉が福岡県飯塚市で菓子舗「吉野堂」を開き、1912年(大正元年)12月に二代目の石坂茂がひよこをかたどった菓子「ひよ子」を考えて売り出しました。1957年に福岡市に進出し、東京オリンピックや東海道新幹線の開通があった1964年(昭和39年)5月に、東京進出のため埼玉県草加市に東京工場を建てました。1966年に「株式会社東京ひよ子」を設立し、1995年からは東日本地区の製造・販売会社になっています。公式サイトは、飯塚の高い湿度とくらべて関東は乾いた風土で、肌合いのしっとりした感じと焼き色に「東京らしさ」を工夫したと説明しています。

プレ男東京みやげの「ひよ子」、じつは福岡のお菓子だって聞いたんだけど本当?

メル美本当みたい。福岡の飯塚で生まれて、1964年に東京に進出したんだって。
今回は、ひよ子(東京ひよ子)です。ひよ子本舗吉野堂の公式サイト「沿革」と「吉野堂物語 いざ、東京へ」(2026年10月10日閲覧)で確認した内容をまとめました。
福岡県飯塚市で生まれた「ひよ子」
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1897年(明治30年)3月 | 初代石坂直吉が、福岡県飯塚市で菓子舗「吉野堂」を開く |
| 1912年(大正元年)12月 | 二代目石坂茂が、ひよこをかたどった菓子「ひよ子」を考えて売り出す |
| 1957年 | 福岡市に進出 |
| 1963年 | 「株式会社ひよ子」に商号変更 |

プレ男100年以上前からあるお菓子なんだ!
1964年、東京へ
- 1964年(昭和39年)5月、東京進出のため、埼玉県草加市に東京工場を建てました
- この年は、東京オリンピックの開催や東海道新幹線の開通があった年だと紹介しています
- 1966年に「株式会社東京ひよ子」を設立しました
- 1995年からは、東京ひよ子が東日本地区の製造・販売会社になっています
「東京らしさ」の工夫
- ひよ子は、焼き上がってから3〜4日ごろに餡と皮がなじむようにつくっていると説明しています
- 飯塚の高い湿度とくらべ、関東は乾いた風土のため、肌合いのしっとりした感じと焼き色に「東京らしさ」を工夫したとしています

メル美同じひよ子でも、土地の気候に合わせてつくり方を工夫しているんだね。

ひよ子本舗吉野堂の公式サイトによると、ひよ子は1912年に福岡県飯塚市で生まれ、1964年に東京進出のため草加市に工場を建てました。
まとめ
- ひよ子は1912年、福岡県飯塚市の「吉野堂」で生まれた
- 1964年、東京進出のため草加市に工場
- 1966年に「株式会社東京ひよ子」を設立
- 関東の乾いた気候に合わせて「東京らしさ」を工夫
参考文献
- ひよ子本舗吉野堂. 沿革. https://www.hiyoko.co.jp/company/history.html (閲覧日:2026年10月10日)
- ひよ子本舗吉野堂. 吉野堂物語 いざ、東京へ. https://www.hiyoko.co.jp/yoshinodo/chapter3.html (閲覧日:2026年10月10日)
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