スピリチュアル或いは、不可知のものをどう扱うかについて

価値とは何か ― 宇宙に価値の物差しはないだからこそ、価値はつながりの中に生まれる(カミュ、フランクル)

約7分で読めます2026年10月13日

目次
  1. 宇宙には、「価値」の目盛りがない
  2. 答えない世界と、問い続ける人間 ― カミュ
  3. 意味は、見いだされるもの ― フランクル
  4. では、価値はどこから生まれるのか
  5. 「だからこそ」と言える理由
  6. 虚しさが続くとき
  7. 科学で言えること、言えないこと
  8. まとめ

この記事の要点

宇宙には、「価値」の目盛りがない

夜空を見上げると、無数の星があります。

科学は、その星までの距離、重さ、温度、年齢を測ることができます。星がどうやって生まれ、どうやって消えていくのかも、かなりのところまで説明できます。

けれど、どれだけ精密に測っても、見つからないものがあります。「この星には価値がある」という目盛りです。

物理の式には、質量や速度や時間は出てきても、「大切さ」は出てきません。宇宙は、ただそのようにある。それ以上のことは、何も言いません。

18世紀の哲学者ヒュームは、「〜である」という事実の話から、「〜べきである」という話がいつの間にか出てくることに、注意を向けました。事実をいくら積み重ねても、それだけでは「べき」や「価値」は出てこない、という指摘です(『人間本性論』第3巻第1部第1節。このサイトの「スピリチュアルとは何か」でも紹介しました)。

宇宙に価値の物差しがない。これは、さびしい話に聞こえるかもしれません。

答えない世界と、問い続ける人間 ― カミュ

この「さびしさ」に、正面から向き合った作家がいます。フランスの作家アルベール・カミュです。

カミュは1942年に、エッセイ『シーシュポスの神話』を発表しました。スタンフォード哲学百科事典の解説によると、カミュは次のように考えました。

(Aronson, スタンフォード哲学百科事典「Albert Camus」より要約)

カミュは、この不条理から逃げる道として、二つを挙げました。ひとつは生きることをやめてしまうこと。もうひとつは、この世の外にある別の世界や、自分をこえた大きな理念に、意味を預けてしまうこと(カミュはこれを「希望」と呼びました)。

カミュがすすめたのは、そのどちらでもありませんでした。不条理をごまかさず、はっきり意識したまま、それでも生きること。そして、その中にこそ幸福を語りうる、と書きました。

ギリシャ神話のシーシュポスは、神々の罰として、山頂まで岩を押し上げ、岩が転がり落ちると、また押し上げることを永遠にくり返します。カミュはこのエッセイを、「頂上をめざす闘いそのものが、人の心を満たすのに十分なのだ。シーシュポスは幸福だと想像しなければならない」という趣旨の言葉で結んでいます。

カミュの考えは、宗教による救いを選ばない、ひとつの立場です。このサイトは、どちらの立場もすすめません。ただ、「世界が意味を与えてくれなくても、人は生きていける」という視点は、信仰を持つ人にとっても、持たない人にとっても、考える手がかりになると思います。

意味は、見いだされるもの ― フランクル

カミュと同じ時代に、別の場所から、意味について考えた人がいます。精神科医のヴィクトール・フランクルです。

フランクルは、強制収容所で家族を失った経験を持ちながら、人は人生の中に意味を見いだすことができる、と考えました。何かを生み出すこと、何かを体験し誰かと出会うこと、そして避けられない苦しみにどんな態度で向き合うか。その三つの道を示しています(このサイトの「フランクル『夜と霧』と態度価値」で紹介しました)。

カミュとフランクルは、ちがうことを言っているようで、ひとつの点で重なっていると私は思います。

意味や価値は、世界の側に最初から書きこまれているものではない。

カミュは、世界は意味を与えてくれないと言いました。フランクルは、意味は人が見いだすものだと言いました。どちらも、意味や価値が、宇宙の中にあらかじめ置いてある「物」ではない、という点では同じ方向を向いています。

では、価値はどこから生まれるのか

ここからは、このサイトの、つまり私の考えです。

宇宙に価値の物差しがないのなら、価値は、どこから生まれるのでしょうか。

私は、価値は、何かを大切に思う存在どうしの関係の中にしか生まれないと考えています。

道ばたの石ころは、誰にとっても価値がありません。けれど、子どもが小さいころに拾ってきてくれた石なら、親にとってはかけがえのない宝物になります。石は何も変わっていません。変わったのは、その石と、それを大切に思う人との関係です。

人の価値も、同じだと思います。

宇宙の物差しで測れば、一人の人間は、ちっぽけな星の上の、ほんの一瞬の存在です。けれど、その人を大切に思う誰かにとって、その人は、宇宙のどの星よりも大きい。そして、その人もまた、誰かを、何かを、大切に思っている。

価値は、そうした大切に思い合う関係の網の目の中に、生まれては、受け渡されていくものではないでしょうか。アドラーが、人は「いる」だけで誰かの役に立っていると考えたのも(「アドラー心理学と存在の価値」)、仏教が、ものごとはつながりの中で成り立つと見たのも(「すべては必然か」)、この網の目のことを言っているように、私には思えます。

「だからこそ」と言える理由

宇宙に価値はない。この言葉は、虚しさにつながることもあります。

けれど、私はここに「だからこそ」と続けたいと思います。

宇宙が価値を決めてくれないからこそ、価値を決められるのは、私たちだけです。誰かを大切に思うこと、何かに心を動かされること。それは、宇宙のどこにも書かれていない価値を、この世界に新しく生み出すことです。

そして、宇宙が価値を決めないのなら、宇宙の物差しで人を測る必要もありません。成績、収入、役に立つかどうか。社会にはさまざまな物差しがありますが、それも人がつくった物差しのひとつにすぎません。誰かがあなたを大切に思っている、という関係の中の価値は、どの物差しにも消されません。

虚しさが続くとき

「何をしても意味がない」「自分には価値がない」という気持ちが、ときどきではなく、ずっと続くことがあります。

それは、哲学の問いというより、心が疲れているサインのことがあります。眠れない、食欲がない、何をしても楽しくない、という状態が2週間以上続くとき(MSDマニュアルでは、うつ病では抑うつ状態がほとんど毎日、少なくとも2週間続くとされています)や、死にたい気持ちがあるときは、ひとりで考え続けずに、医療機関やこころがしんどいときの相談先に話してください。治療を受けることと、人生の意味を考え続けることは、両立します。どちらかを選ぶ必要はありません。

科学で言えること、言えないこと

最後に、この記事の立ち位置を整理しておきます。

この記事で書いた「価値は関係の中に生まれる」という考えも、科学の結論ではありません。私がこう考えている、というひとつの見方です。あなたにはあなたの見方があっていい。ただ、宇宙が黙っていることは、あなたの価値がないことを意味しない。それだけは、伝えたいと思います。

まとめ

参考文献

  1. Aronson R. Albert Camus. The Stanford Encyclopedia of Philosophy(2011年初出、2021年12月13日改訂). https://plato.stanford.edu/entries/camus/ (閲覧日:2026年10月13日)
  2. アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』清水徹訳. 新潮文庫, 新潮社.
  3. David Hume. A Treatise of Human Nature, Book III, Part I, Section I(Project Gutenberg 版). https://www.gutenberg.org/ebooks/4705 (閲覧日:2026年10月13日)
  4. MSD Manual Consumer Version「Depression」(2026年1月改訂). https://www.msdmanuals.com/home/mental-health-disorders/mood-disorders/depression (閲覧日:2026年10月13日)
  5. Viktor Frankl Institut Wien. Viktor Frankl Biography(年譜). https://www.viktorfrankl.org/biography.html (閲覧日:2026年10月13日)

この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。