
プレ男「蓬莱」って、昔話に出てくる、仙人が住む島のことだよね?

メル美小泉八雲の『怪談』の最後のほうに、「蓬莱」っていう、すごく短くてきれいな一編があるんだよ。
今回は、小泉八雲『怪談(Kwaidan)』(1904年)の「蓬莱(HŌRAI)」です。英語の原文をProject Gutenbergで読みました。本文中の「」の言葉は、英語の原文から Claude が訳したものです。小泉八雲と『怪談』については、小泉八雲の『怪談』の記事でも紹介しています。
掛け軸の「蜃気楼」
- 一編は、こんな景色から始まります。春の朝。空と海がひとつにとけあう、どこまでも青い世界。水平線はなく、ただ遠くが空へ舞いあがっていくだけ
- そのまんなかの青の中に、「月のように角をもちそり返った高い屋根」の宮殿の塔が、かすかに浮かんでいます
- じつはこれは、八雲の床の間にかけた絹の掛け軸の絵でした。その名は「SHINKIRŌ(蜃気楼)」
- 八雲によれば、そこに見えているのは、蓬莱の門と、竜王の宮殿の屋根。いまの日本の筆でえがかれていても、その姿は2100年前の中国のものだといいます
中国の書物が伝える蓬莱
八雲は、当時(秦の時代)の中国の書物には、蓬莱についてこう書かれている、と紹介します。
- 蓬莱には、死も痛みもなく、冬もない
- 花はしおれず、実は絶えない。その実を一度でも口にすれば、二度と渇きも飢えも感じない
- どんな病気も治す不思議な草や、死者を生き返らせる草があり、その草をうるおす水を一口飲めば、永遠に若い
- 蓬莱の人々は、とても小さなお椀でご飯を食べるが、いくら食べても、食べる人が満足するまでご飯はへらない。とても小さな盃で酒を飲むが、心地よく酔うまで、だれも飲みほすことができない

プレ男へらないご飯と、飲みほせない酒…!行ってみたい!
「それは本当ではない」
- ところが八雲は、こう書きます。言い伝えを書いた人々が、蓬莱を、たとえ蜃気楼でも見たとは信じられない
- 「ほんとうは、食べればいつまでも満ちたりる不思議な果実もなく、死者を生き返らせる草もなく、仙人の泉もない」。蓬莱に悲しみや死が入らないというのも、冬がないというのも本当ではない
- 「蓬莱の冬は寒い」。風は骨までしみ、竜王の宮殿の屋根には、おそろしいほどの雪がつもる、と

メル美夢の島の話をしておいて、「本当ではない」って言っちゃうんだ!
いちばん不思議なもの:蓬莱の「大気」
- それでも、蓬莱には不思議なものがある、と八雲は言います。そして、どの中国の書き手も書いていない、いちばん不思議なものは、蓬莱の「大気」だというのです
- その大気のせいで、蓬莱の日の光は、ほかのどんな日の光よりも白い。目をくらませない、乳のような光で、おどろくほど澄んでいて、とてもやわらかい
- この大気は、窒素と酸素のまじったものではない。空気ではなく、幽霊でできている——数えきれない世代の、わたしたちとはまったくちがう考え方をした人々の魂が、ひとつにとけあったものだ、と
- それを吸いこんだ人は、その魂たちの感じ方で、ものを見て、感じて、考えるようになる。そうして見た蓬莱は、たとえば——
- 大きな悪を知らないので、人々の心は年をとらない。神々が悲しみを送るとき以外は、生まれてから死ぬまでほほえんでいる
- だれもが、ひとつの家族のように愛しあい、信じあう
- 恥じることがないので、隠すものは悲しみだけ。盗みがないので、鍵をかけるものもない。恐れることがないので、夜も昼も戸は開いたまま
- そして、この人々はほんとうに、とても小さなお椀でご飯を食べ、とても小さな盃で酒を飲む
消えていく蓬莱
- 八雲は、こうした見え方の多くは、その幽霊の大気を吸ったせいだろう、でもすべてではない、と書きます。死者がかける魔法は、ひとつの理想の魅力、古い希望のかがやきにすぎず、その希望の一部は、多くの人の心のなかで、欲のない生き方の素朴な美しさのなかで、かなえられてきた、と
- そして最後に。「西からの悪い風が、蓬莱の上に吹いている」。不思議な大気は、その風の前にちぢんでいき、いまでは、日本の絵師がえがく長い雲の帯のように、ところどころに残っているだけ
- 蓬莱は、蜃気楼ともよばれる。それは「手でふれられないものの幻」。そしてその幻は消えかけていて、もう二度と、絵と詩と夢のなかでしか現れないだろう——と八雲は結んでいます

「蓬莱」で八雲は、中国の書物の言い伝えを「本当ではない」と書いたうえで、蓬莱のいちばん不思議なものは、たくさんの世代の魂でできた大気だと語り、それが西からの風で消えかけている、と結んでいます。
まとめ
- 「蓬莱(HŌRAI)」は、小泉八雲『怪談』(1904年)の、短い散文詩のような一編
- 床の間の掛け軸「蜃気楼」に見える、蓬莱の門と竜王の宮殿
- 中国の書物は、死も痛みも冬もなく、へらないご飯と飲みほせない酒の島と伝える——でも八雲は「それは本当ではない」「蓬莱の冬は寒い」
- いちばん不思議なのは、無数の世代の魂でできた大気。その光は白く、人々は信じあい、戸に鍵をかけない
- その大気は「西からの悪い風」で消えかけ、いまは絵と詩と夢のなかにしか現れない
- 『怪談』のほかの話は、乳母桜、幽霊滝の伝説もどうぞ
参考文献
- Lafcadio Hearn. Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things(1904年). “Hōrai”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/1210 (閲覧日:2026年10月12日)
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