
プレ男「乳母桜(うばざくら)」って、名前がもうやさしそう。こわい話なの?

メル美こわいというより、愛情の話なんだって。小泉八雲の『怪談』に入ってるの。
今回は、小泉八雲『怪談(Kwaidan)』(1904年)の「乳母桜(UBAZAKURA)」です。英語の原文をProject Gutenbergで読みました。本文中の「」の言葉は、英語の原文から Claude が訳したものです。
あらすじ1:祈ってさずかった娘
- 300年前、伊予の国(いまの愛媛県)の温泉郡、朝美村に、徳兵衛という善い人が住んでいました。郡でいちばんのお金持ちで、村の名主です
- 何ごとにもめぐまれていましたが、40歳になっても、父親になるしあわせを知りませんでした。夫婦は、子どもがいないことになやみ、朝美村の有名なお寺西法寺の不動明王に、何度も祈りました
- やがて祈りはとどき、かわいい娘が生まれます。名前はお露。母親の乳が少なかったので、お袖という乳母がやとわれました
あらすじ2:21日間の祈り
- お露はとても美しい娘に育ちましたが、15歳のとき病気になり、医者たちは「助からないだろう」と考えました
- そのとき、本当の母親のようにお露を愛していた乳母のお袖は、西法寺に行き、お露のために、心をこめて不動さまに祈ります。21日間、毎日お寺に通って祈りました
- そして21日がおわると、お露はとつぜん、すっかり治ったのです

プレ男よかった!これでめでたしめでたし…じゃないの?
あらすじ3:お祝いの夜に
- 徳兵衛の家は大よろこびで、友だちをまねいてお祝いの宴をひらきました。ところが、その夜、乳母のお袖がとつぜん病気になり、翌朝、医者は「もう助からない」と告げます
- 家族が悲しんで、まくらもとに集まると、お袖は言いました
- 「みなさんの知らないことを、お話しするときがきました。わたしの祈りはとどいたのです。わたしは不動さまに、お露さまの身代わりに死なせてくださいとお願いしました。その大きなお恵みを、いただいたのです。ですから、わたしが死んでも悲しまないでください」
- 「ひとつだけ、お願いがあります。わたしは不動さまに、お礼と記念のために、西法寺の庭に桜の木を植えると約束しました。でも、もう自分では植えられません。どうか、わたしのかわりに、その約束をはたしてください。……さようなら。お露さまのために死ねて、わたしはしあわせでした」
毎年、命日に咲く桜
- お袖の葬式のあと、お露の両親は、見つけられるかぎりいちばんりっぱな若い桜の木を、西法寺の庭に植えました
- 木はすくすく育ち、翌年の2月16日——お袖の命日——に、すばらしい花を咲かせます
- それから254年のあいだ、桜はいつも2月16日に咲きつづけました。花はうすもも色と白。人々はこの木を「乳母桜」とよびました

メル美血はつながっていなくても、本当のお母さんみたいに、命をかけて娘を守ったんだね。

小泉八雲の「乳母桜」では、乳母のお袖は、お露の身代わりになれるよう不動さまに祈り、その願いがかなったのだと最後に打ち明けます。
まとめ
- 「乳母桜」は、小泉八雲『怪談』(1904年)の短い話
- 伊予の国の名主・徳兵衛が、不動明王に祈ってさずかった娘お露
- 15歳で重い病気になったお露のために、乳母お袖が21日間祈り、お露は治った
- お袖は「お露さまの身代わりに」と祈っていた。お祝いの夜にたおれ、桜を植える約束を家族にたのむ
- 植えた桜は、お袖の命日の2月16日に、254年咲きつづけた
- 同じ伊予の国の桜の話は十六桜、たたりを知恵で封じた話はかけひき、小泉八雲については小泉八雲『怪談』もどうぞ
参考文献
- Lafcadio Hearn. Kwaidan: Stories and Studies of Strange Things(1904年). “Ubazakura”. Project Gutenberg. https://www.gutenberg.org/ebooks/1210 (閲覧日:2026年10月7日)
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の診断・治療に代わるものではありません。 気になる症状や不安がある場合は、医療機関にご相談ください。
